なぜ帝国兵が撤退したのか。それはすぐにわかることだった。
俺の周りには見覚えにある鎧を着た沈黙の軍団が群れていた。
「サクヤ、会話はなしだ」「了解」
俺達はあっという間に集団に紛れた。
昔取ったなんとやら、というのだろうか。まじめな顔をして歩いていれば、誰も俺達の素性を疑うものはいない。古い鎧を見て振り返る監督官はいたが、表情をけした俺達にさほど注目するものはいなかった。
俺達は無事に待ち合わせの場所にたどり着いた。
村はずれの囲いの中には俺達の馬がのんびりと草を食べていた。
リースとゴローの姿はなかった。無事だろうか。俺はやきもきしながら二人を待った。
歩兵種は馬に乗ることができないことになっている。
馬を連れて歩くわけに行かず、仕方がないので人目につかないように馬に水をくんでやった。旧式の歩兵種ができる仕事ではないが、馬には水が必要だ。
しばらく茂みの中でじっとしている。サクヤと身を寄せ合って黙っていると、昔の兵舎に戻ったような気がする。胸くそ悪い。
「シーナ? サクヤ?」
小さくリースが俺達の名前を呼んだ。俺が立ち上がると、リースが姿を現す。
「よかった。無事だったんだね」
「ゴローは?」俺は周りに漏れないように小声で話した。
「いるよ」リースの後ろからゴローがそっと顔を出す。
「魔獣を追跡していたら、クリアテス教の軍隊と出会ったの」リースが早口でささやく。「保護してもらった形かな。このあたりにいるはずの帝国軍を捜してたみたいなんだけど」
サクヤが黙って魔石の入った袋を差し出す。
リースは中を改めて、目を見張った。
「どうしたの、こんなにたくさんの魔石・・・シーナ・・・」声が険しくなる。
「仕方がなかったんだ。戦闘になってしまって」
「あれだけ、戦うなといったじゃない」
「そんなことをいわれても、魔獣が襲ってきたんだからどうしようもないだろう。それともなんだ?おとなしく餌になれとでもいうのか?」
「しーっ」サクヤとゴローが声を低くしろと合図をしてきた。
「シーナもサクヤも、怪我をしてない? 大丈夫なの」気を取り直したリースが俺たちの体を改める。
「たいした傷はないみたいね。よく、無事だったわね」
「それは、まぁ。助っ人がいたから・・・」俺はごまかそうとした。
「助っ人? それは誰よ。”ナンバーズ“がそちらにも行ったの?」
「ま、まぁな」疑わしそうな目を俺に向けたリースは、笑顔をサクヤに向けた。
「サクヤちゃん、誰がいたの?」
「謎の男です。見慣れない鎧を着た男でした。それに・・・」サクヤは目を完全にそらした。
「シーナ」サクヤは俺をにらむ。俺がだんまりを決め込むとまなじりをつり上げる。「3417,命令よ。誰がいたのかいいなさい」
「し、知らない男だった。すごく腕の立つ男で、名前は名乗らなかったし、誰だか俺は知らない」
嘘は言っていない。本当のことだ。
「で、その男はどこへ行ったのよ」
「さぁ。森の中に去っていったけれど、どこに行ったのかなぁ」
俺がうそぶくと、リースが俺の足を思い切り踏みつけた。
「それ、本当のこと」慌ててサクヤが取りなしてくれた。
「わたしたち、魔石拾ってた。その男、歩いて行った」
「シーナ、あんたが嘘をつくからサクヤにまで嘘つきが移ってしまったじゃない」
いやいや、嘘つきって移るものじゃないだろう。
「いいわ。もういまさら、帝国軍を見つけました、なんて報告できないから。ああ、もう」
「ま、まぁ、お互いに無事でよかった。おまえのほうはどうなんだよ、リース。変な奴に出会ったりは、してないよな」俺は話題を変えた。
「わたしのほうは、その謎の男を追っていたクリアテス教の部隊と出会ったの。
そこで、仲間とはぐれたという話をしたら、とても同情されて、一緒に探してくれるって言われたんだけど。自分たちで探しますと言って断ったの。
彼らの追っていた帝国軍の部隊というのはかなりの精鋭で、クリアテス教の偵察をしていたらしいのね。だから下手をすると、あんた達が殺されてるかもしれないと心配していたのに。
のんきに魔石拾いとか。あり得ないわ」
リースはこぼす。
「ともかく、無事だったんだから、お礼のご挨拶をしておかないと。部隊を貸してあげようか、とまでいわれたのよね。
いい? あんた達も行くわよ。あ、そうだ。わかってると思うけど、いつもみたいにぺらぺら口をきいたら駄目よ。普通のナンバーズはしゃべらないんだから。黙って、宙をにらんでおくのよ。帝国軍と鉢合わせたことなんか一言でも口にしたら、当分あの糧食を食べさせるから」
「もちろんだ。俺は物静かな男だからな。そんな秘密をしゃべるわけがない。」
俺が請け負うとリースはにらんだ。
隠れ場所から出た俺達は何食わぬ顔でリースの跡をついて歩いた。
クリアテス教の中でも精鋭部隊というのは本当のようだった。俺たちのように老若男女の”陰”を見境なく集めましたとまるわかりの構成ではなかった。きちんと体格のいい若者をそろえている。見た目だけで強そうだった。
監督官やその付き人も見かけた。
皆、リースのことは見慣れない人だと注目していたようだが、俺達のことは見向きもしない。所詮彼らにとって俺達は陰なのだと再認識させられる。
リースが挨拶をするお偉方というのは、村の中央に陣取っていた。
リースが入り口にいた護衛用のナンバーズに話しかけたが、ナンバーズは反応を示さない。
「あー、会話できないのかしら。誰か、人間は・・・」
「リース、君、マフィ村のリースだろう」
突然、俺達を押しのけるようにして一人の男がリースを振り向かせる。
「ああ、リースだ。覚えているか。このセリー村にすんでいたトゥミだよ。ほら、小さいころよく一緒に遊んだ・・・」俺よりも少し背の低い黒髪の男がリースの顔を食いいるように見ている。
リースの顔が憤りから、驚き、そして戸惑いと喜びへとめまぐるしく変化した。
「え、トゥミ? あの、チビのトゥミ? あんた、王都のほうへ移住したって・・・」
「リース。こんなところで会えるなんて・・・」男はリースに子供のように抱きついた「君も、クリアテス教徒として参加していたのか。うれしいよ」
「ち、ちょっと、トゥミ。やめてよね。こんなところで」
トゥミ・・・確かこの村に住んでいたというリースの婚約者の名前だった。アオイおばさんの噂話では、行方不明のような口ぶりだったが。
「違うのよ。あたしは、ただ・・・」
「でも、君も監督官だろう」彼はリースの手を取って腕輪をなでる。「実は、僕も監督官なんだよ。ほら、見て」
彼は、得意そうに腕輪を見せた。リースの物よりも大ぶりの派手な石のついた腕輪だった。
「君は、歩兵種なんだね。僕は騎馬種だよ。このあたりのことに詳しいということで特別にお付きに抜擢されたんだ」
「トゥミ、あたしは、違うの。ちょっと、手を離してよ」リースは男を振り払った。
「あたしはクリアテス派から村の護衛のために兵を借りているだけ。本物の監督官じゃないの。今日もこのあたりに魔獣が出るというから、この子達と討伐に来て・・・」
男はさっと俺達に目を走らせた。
「これだけ? こんな古い種を数体しか与えられていないのか」
「え、ええ。これでも彼らは優秀で、ちゃんと・・・」
「僕が、上に掛け合ってあげるよ」男が目を輝かせた。「こんな、弱い歩兵種じゃなくて、リースにふさわしい騎兵種が与えられるように。これでも俺はトウマ様のお付きで、結構技術部に顔が利くんだ」
「なにごとですか、さわがしい」
奥から中年の丸い体型の女が顔を出す。女はリースの顔を見ると顔をほころばせた。
「あら、あなたはマフィの村から、きたという」
「はい、行方不明になっていた子達が見つかりましたので、お礼とご挨拶に・・・」
「そうですか。よかったですね。どうぞ、中に」
「リース、後でゆっくりと話そう」
トゥミはリースの手を握って何回もふった。女がとがめるような目をしたのに気がついて、ゆっくりとさがる。
「あなたのお知り合いだったの?」女はちらりと手を振っているトゥミを見てリースに尋ねた。
「ええ、長い間会っていなかった幼なじみなんです。ばらばらになってしまって」
「ああ、それは」女は同情の表情を浮かべた。「よかったわね。クリアテスの精霊に感謝を」
廃屋だった場所は天幕と組み合わせて、快適な場所に変貌していた。壁には暖かな布がかけられすきま風を防いでいる。壊れている扉の代わりに垂れ幕が下りて、中の様子はうかがいにくくなっていた。珍しい魔術種のナンバースの少女が所々に立って女が通ると礼をした。特別なナンバーズなのだろう。どの子もおそろいの可愛らしい服を身にまとっている。
「大監督官」
奥の垂れ幕の前で女は跪いて声をかけた。
「先ほどの、リース監督官が戻られました」
「そうか。お通しして」
あ、俺は動揺した。聞き覚えのある声だ。
女は垂れ幕をあげて、リースを招き入れた。
リースは俺達に礼儀正しくしろと目で命令すると、深呼吸してから部屋の中に入る。俺達が垂れ幕の前で立っていると、リースが戻ってきて入るようにと促した。
俺は、入りたくなかった。
前にも同じことをしたことがある。
あのときはコルトに連れられて、無機質な部屋に入るようにいわれたのだった。
部屋に入ると、既視感はますます強くなった。
彼、ルーシー・マーチャントが奥にしつらえた長いすにゆったりと座っていた。
その周りをいかにもお偉方といった風情の男たちが控えている。
「大監督官様」
リースが深々と頭を下げた。
「ご助力ありがとうございました。無事私のナンバーズを見つけることができました」
「そうか、それは良かったね」
ルーシーは赤く塗られた唇をほころばせた。
「ナンバーズが迷子になるなんて、前代未聞の話だったからね。なにしろ、彼らは従順で命じられたこと以外のことはしないのがうりだから。なぁ、ロイス技術官」
彼は隣で控えている初老の男に声をかけた。
彼の顔は知っている。あの部屋の中にいた男達の一人だ。
男はうやうやしく頭を下げた。
「迷子、というわけではなかったのです。私の指示の出し方が、おかしかったのだと思います」
不穏な空気はリースも感じたようだ。彼女は俺達をかばうように言葉を絞り出す。
「ああ、そうだった。彼らは初期の召喚体の生き残りで、唯一といってもいい派遣に成功した子達だったよね」
彼はとんとんとこめかみのあたりを指でたたいた。
「彼女ほどうまくナンバーズを操ることができた事例は確か、報告されていないな」
彼はロイスの顔を見て確認をとる。いかめしい顔をした技術官はうなずいた。
「すばらしいな。何が秘訣なのか是非話を聞いてみたいところだ」
メイド姿の少年は大げさに褒め称える。後ろで、ロイス技術官が顔をかすかにしかめた。
「あの、それでは、わたしたちはそろそろ失礼します。村に戻らないと、この子達の日課がありますから」
小さな沈黙の後、リースが恐る恐る申し出た。
俺はそれに全面的に賛成だった。早く、村に帰ろう。
俺はここにいる面子と顔を合わせたくなかった。彼らは俺達を廃棄したがっていた連中だ。
あのとき感じていた空気を、俺は今追体験している。
あの頃は何も怖くなかった。 感じる心が麻痺していたから。
あの日あの場所に呼び出されたときから、俺の心は凍結されていた。 喜びも、楽しみも感じることはでなかった。だが、苦しみも、恐怖もまた感じなかった。
あのとき、今と同じように感じる心を持っていたなら。 俺はそれに耐えられただろうか。
「それなんだけどね」
ルーシーはしかし、涼やかな声で俺の小さな望みを砕いていく。
「君たちを今村に帰すのは危険なんだ。実は、このあたりに帝国軍の部隊を見かけたという報告があってね」
「・・・・・・帝国軍の部隊ですか?」
リースの反応が微妙に遅れた。俺の背筋をひやりとするものがかすめた。
「そう、だから君たちを今帰すのはどうかと、思っているんだ」
また、会話が途切れた。
「でも、村に戻らないと、みんなが心配するから」
リースの弱い抵抗をルーシーは笑顔で封じ込めた。
「監督官はね。とても、大切な存在なんだ。ナンバーズは量産することができるけれど、指揮ゆにっとはもぶとはいえ数が少ない。 今回目撃された帝国の部隊はかなりの手練れらしい。何かあってからでは困る。 なに、心配することはない。きちんと護衛をつけて村に送ってあげるよ。 ただ、ここでは部隊を割くだけの余力がなくてね。 拠点まで一緒に来てくれないかな。そこまで来れば、君が安全に村に帰るための護衛が準備できる」
「それは・・・・・・」
「あのお方がそうおっしゃっているのだ。ありがたいと思うがいい」
ロイスは、厳かにそう告げる。
俺と美形メイドの目が合った。彼の目は面白そうにきらきらと光っている。何を考えているんだ。このルーシーという男は。
彼は自分のことをチュートリアルキャラクターとかいっていた。おそらくは俺をここへ呼び出した諸悪の根源の手下なのだろう。よくわからないが。俺のことを人でないというのなら、コイツのほうこそ人外だ。それがどうして監督官達のボスにおさまっているのだろう?
話はあっさりと決まった。異論など許されなかった。この雰囲気にリースが抵抗できるわけはない。
俺達は仕方なくこの集団と行動を共にすることになった。
リースは監督官達の天幕に案内され、俺達は見覚えのある天幕に放り込まれた。また楽しいナンバーズライフに逆戻りだ。
幸いにも、俺と同じ種はもういないらしく、三人だけで天幕を使うことができた。
「シーナ、どうする?」ゴローが声を潜めて聞いてきた。
「様子を見よう。いざとなったらリースを連れて逃亡する」
「馬は、いないけど大丈夫?」サクヤは心配そうだ。
俺達は歩兵種だ。馬に謎乗っているところを見られたら厄介なことになる。そう思って、馬を放したのだ。
しかし、逃げることを考えたら馬は連れていた方が良かったか?
「そのあたりは何とかしよう。ともかくいつでも行動できるように準備をしておくんだ」
サクヤもゴローもうなずいた。
頼もしいな。昔に比べたらずいぶん彼らは自分の頭で考えて行動できるようになっている。なによりも、ナンバーズの掟第1箇条は監督官を守ること、だからな。
その夜はなかなか寝付けなかった。
“プレイヤー“、”ナンバーズ“。クリアテス教・・・”
前にルーシーが口にした言葉がぐるぐると頭を回る。
この世界はゲームの世界なのか?
クリアテス戦記”というゲームが元になっているとルーシーはいっていた。そういえば、クラスメートがはまっていたゲームの名前がそんな名前だったような気がする。俺は全然興味がなかったので、気にもしていなかった。いったいどんなゲームだったのだろう。
あの男、メイドの格好をしたあやしげなルーシーなんとかという美少年も自分のことをチュートリアルだといっていた。
そして俺と同じようにこの世界に連れてこられたらしいほかの”プレイヤー”たち……
“それではよいゲームライフを・・・“あれの捨て台詞が耳元でささやかれ続けているような気がする。
俺は床にひかれた薄い毛布をかぶった。