次の日、リースがやってきたときには俺達は隅のほうで訓練をしていた。
側では他のナンバーズ達が同じように訓練をしていた。ナンバーズの訓練はとても静かだ。
運動をしているから熱量は高いのだが、人の発する熱意というものはほとんどない。ただ機械的に運動を繰り返しているだけだ。
見たところ、普通の二桁ナンバーがほとんどで、コルトの率いていたような変わり種はあまりいないようだった。
俺達のような一桁ナンバーはここにはいない。ひょっとすると俺達が3ナンバーの最後の生き残りかもしれなかった。
やってきたのはリースとサクヤだけではなかった。
表情を殺したサクヤの後ろにいるトゥミとかいう婚約者を見て俺も表情をけした。今まで同じ動きを繰り返してきました、といわんばかりの決まり切った型を行う。
「ありがとう。トゥミ。これからこの子達の様子を見るから、あなたも自分の子達のところへ行ってちょうだい」
リースは保護者然として付き添っている男にそういった。
「すごいな、リース。これは命令しなくても自分で訓練をするんだ。僕のナンバーズは命令しないと何も動かないよ」
「この子達は、日課が決まっているの。毎日同じ日課をこなすように命令しているから」
リースはめんどうくさそうに説明する。
「旧型なのに、えらいなぁ。それとも、旧型だからそういう命令ができるんだろうか」
そんなの、知るか。
日課などこなしてもいない俺はまじめにやっているふりを続ける。
今日は朝早くから、監督官の従者のふりをして食べ物を買いだししてきたのだ。この前,魔石を大量に集めてきたのが役に立っていた。店の男達は、俺が従者であることを疑いもせずに、食料を売ってくれた。同じような用向きでうろうろしている人がたくさんいたから、それに紛れれば正体が暴かれることはまずないだろう。
トゥミがうれしそうに手を振りながら去って行く姿を見送って、リースは初めて俺達のほうへやってきた。
「昨夜はどうだった? 怪しまれるような真似はしていないでしょうね」
用心深く天幕の入り口を閉めてからリースは俺とゴローにきく。
「それは大丈夫だ。誰も俺達のことを疑うものはいなかった。そちらはどうだった?」
俺はリースが余計な気を回さないように、急いで質問した。
「大監督官様に呼び出されたわ。今日の夕方、あなたたちも一緒に連れてくるようにというご命令よ」
リースは胡散臭そうな目で俺を見る。
「あんたってひょっとして彼のお気に入りなの?昔からの知り合いなのかしら・・・あ、返事はいいから。あんたみたいに口答えばかりする人のどこがいいんだか」
「俺は口答えなんかしてないぞ。ただ疑問点を聞いているだけだ」
リースはそんな俺の前にドサリと例の糧食を置いた。
「はい、あんた達の食事。5日分はあるわ・・・ところで、ちゃんとご飯をあなたたち食べているのかしら」
「もちろんさ」
俺は天幕の中に置いてある食料が背中で隠れていることを祈った。
「な、ゴロー、ちゃんと食べているよな」
ゴローはうなずいた。
「まさか、盗み食いをしているとかいわないわよね」
リースは俺に疑いの目を向ける。
「そんなことをするはずがないだろう?」
ここには店がある。正当に対価を払って買っているのだから盗みではない。俺は熱心にうなずいて見せた。
「それからもう一つ、伝えておかなければならないことがあるわ」
リースの顔が引き締まった。
「これから、大規模な戦闘が起こるかもしれないの」
「まさか、俺達も参加しろとかいう話じゃないだろうな」
リースは首を振る。
「さすがにそれはないと思うわ。だって、こんなに少人数では役に他立たないもの。 でも、噂では関のあたりが戦場になるんじゃないかって」
「マフィの村の上にあるという、あそこか」 確かコルトが偵察を出していた場所だった。 昔マフィ村からそこに抜ける道があったと確かいっていた場所だ。
「帝国軍の正規軍があのあたりで頻繁に目撃されていて、あやうく戦闘になりそうになることが頻発しているんだって。帝国のかなり有名な将軍が来ているという噂もあって、本格的な戦闘が行われるのではないかといわれているの」
「あれ? でも、クリアテス教は帝国軍とは戦ってないんだよね。王軍と戦っているんじゃなかったかな。だったら・・・」
「そう。帝国はクリアテス教の軍隊は相手にしていない。属領内のごたごたとして、正規軍は静観している、はずなんだけど。クリアテス教のことはちょっと捨て置けないと思っているみたいなの」
「ここが最前線になるかもしれない、ということか」
ますます何かあったときに逃げる手段を確保しておかなければいけないということだな。俺は昨日歩いた砦の中をおさらいした。
どうせ、俺達のような廃棄物は真っ先に使い捨てにされるに決まっている。そうされる前にさっさとこんなところはおさらばだ。まずは、馬を確保して、それから・・・。
「おや、リース。誰かと話しているのかい?」
突然天幕の入り口が開けられた。トゥミの顔がひょいとのぞく。
彼は引きつった笑顔を浮かべるリースを見て、お邪魔だったかな、と謝った。
「いえ、何でもないの。ちょっとこの子達の、日課を調整していただけ。この子達、融通が利かないから」
俺は無表情を貫いた。後ろに雑然と置かれている食料に彼が気がつかないことを祈るばかりだ。
「リース、ちょっと話したいことがあるのだけれどいいかい」
「ええ、何かしら」
リースは彼を押し出すようにして、天幕の外に出た。
俺はその隙を見てさっと買ってきたものに毛布をかぶせる。サクヤがささっとおかしくないようにこんもりとした盛り上がりを目立たなくする。
「ああ、ロイス様」
トゥミが深々と礼をする気配がした。天幕の外で複数の気配がする。大技術官とやらが来たのだろう。
「おまえが、リースという娘か」しばらくしてから男の声が聞こえる。いかにも上に立っている言い方だ。「あのお方のところで会った娘だな」
「は、はい。マフィ村のリースです。あのときは大変お世話になりました」
リースの緊張してうわずった声が、外にいた男の笑いを誘ったようだ。
「大丈夫だよ。リース。ロイス様は寛大な方でいらっしゃる。君のナンバーズ達をもう一度見てみたいそうだ」
「あたしの、ナンバーズ」リースの声がさらに緊張する。「わ、わかりました」
リースは天幕の中にいる俺達に声をかけた。
「みんな、出てきて」
俺達三人は目を見交わした。 出て行かないという選択肢はない。
番号順にまず、サクヤが、それから俺、最後にゴローが天幕の外に出て、ゴローは丁寧に天幕の入り口を下ろした。
直立不動で並んで宙をにらむ俺達を何人もの人が興味深げに観察する。
大技術官ロイスと呼ばれた男はすぐに誰だかわかった。俺は彼を見たことがある。
一番最初にルーシー・マーチャントに呼び出されたときに部屋にいた男の中の一人だ。たしか、俺達の運用に否定的な意見を述べていたはず。 この前会った時にもルーシーの側に侍っていた。
彼は、まるで物を品定めするように俺たちを見聞した。 たたいたり、引っ張ったり、口の中を開けさせたり。
俺は黙って、それに耐えた。本来のナンバーズならば、このような扱いをされても屁とも思わないはずなのだ。
「健康だな。よく世話をしている」男はリースをほめた。
「これにおかしいところはないか。たとえば、急に動かなくなったり、奇声を上げたり、命令に逆らい始めたり、そういう兆候だ」
リースは一瞬俺を見てから、首を振った。
「そうか。これは確か初期ロットだったな。初期ロットがここまで損傷なく残っているというのは驚きだ」
何を言っているのかさっぱりわからない。リースもそう思ったらしい。顔にありありとわかりませんと書いてある。
「これの耐用年数は2,3年だと見込まれている。これは、そろそろ一年を超えるころだ。だから不具合が出てもいいころなんだが、みたところ新品同様だ」
「たい、よう、ねんすう…」
「寿命と言い換えてもいいかもしれない」
はい?? すみません。
ついつい感情が表に出てしまったかもしれない。
ただ、リースがあまりにその言葉に驚いたので、俺の表情の変化を見破られることはなかった。
「この子たち、二、三年しか生きられないんですか?」
「その予定でつくった。だが、思いのほか頑丈そうだな」
「………」
リースは唖然としていた。
「君の管理がよほどいいらしいな。素晴らしい成果だ」ロイスは満足げだった。「どうだろう。新しいナンバーズは欲しくないかな」
「新しい、ナンバーズ?」リースはオウム返しに聞き返す。
「そうだ、君のようにきちんと管理できる人材は貴重だ。新しい最新の種を扱ってみたくないか」
「最新の種ですか?」
「そうだよ、リース」トゥミが得意そうに解説する。「今、騎馬種は三桁がでている。一桁よりもずっと強く、耐久性もある種だよ。
君は馬の世話が得意だったよね。これからの遠征を思うと騎馬種はおすすめだよ。でも、管理が大変と思うのなら、これの上位種である歩兵種もいいのが出ている。例えば、斥候種。とても素早く行動できて、自立行動もできる種だ。ほかにも、護衛関係で、会話ができる種や身の回りの世話もできる種もいる」
トゥミはとてもうれしそうに説明をする。
まるで、おすすめの家電を売る販売員のようだ。俺たちは掃除機扱いか。ここまであっけらかんと道具として突き放されると、怒りもわいてこない。
「ねぇ、一つ聞いていい? あたしが新しい子を選んだら、この子達はどうなるの?」リースは俺達を指した。「新しい子とこの子達まとめて面倒を見ることができるのかしら?」
トゥミは破顔した。
「リース、それは無理だよ。監督官は一つの種だけ、それが常識だよ。種をまぜるとうまく運用できないんだ」
「え? そうなの。あたし、聞いてなくて・・・」
「いずれは混合して指揮できる”陰“を作り出そうと我々も努力はしているがね。なかなか実現に手間取っている」ロイスが説明した。
「それで、この子達は一体どうなるのです?」
ロイスは興味ない目で俺達を見る。
「そうだな。廃棄してもいいのだが、一桁の歩兵種はこれで最後のはずだ。いろいろと実験して見るもよし、上位種の素材に使うのもよし、使い道はいろいろあるな」
リースの顔から表情が消えた。作り笑顔の残りが顔に張り付いている。
「そういえば、コルト監督官が面白いことを言っていたな。君はこれに新しい仕事を教えたのだろう。これまで我々もいろいろ試してみたのだが、一つとして満足のできる仕事を教えることができなかった。他の個体とどう違うのか解体して調べて見るのもいいかもしれないな」
カイタイ・・・リースの口が小さく動いた。その表情の変化の意味をトゥミはわかっていなかった。
「今から、研究所に新しい種を見に行かないか。在庫があれば、その場で好きなものを…」
「いらないわ」
リースがこぶしを握り締めた。
「君が望むなら…」
「だから、いらないといったの」
リースはまっすぐにトゥミを見た。
「わたしはこの子たちで満足しているの。ほかの子に取り換える気はないわ」
「しかし、リース。これは旧式であまり性能は期待できない。もっと強い種でないと、身を守るにも…」
「彼らは十分に強いわ」リースはきっぱりという。「私は彼らに不満はないわ」
「|リース監督官《マスターリース》」
ロイスが眉根を寄せた。「君は、これに愛着を感じてしまっているんだな。よくあることではある。特に世話に熱心な監督官で、そう、例えばこれのように見栄えの良い外形を持つ個体であれば…」
ロイスはゴローの肩に手を置いた。
「しかし、これは人のように見えても所詮は道具だ。監督官。ただの兵器に過ぎない。同じ兵器なら性能がいいほうが使い勝手がいいはずだ。技術は進むんだよ。君」
ロイスは俺たちをごみを見るような目で見た。
俺もこいつのことを品性がゴミ屑以下だと思った。
こいつは科学者なんかじゃない。都合のいいところしか見ようとしない独りよがりの高慢ちきだ。
「それは時代遅れの旧式だ。役に立たないものに執着してもいいことはないぞ」
「彼らは役に立っているわ。それに、彼らは道具なんかじゃない」リースが言い返した。「使い勝手がいいとか、そういう問題じゃないでしょう。彼らはわたしたちと同じよ」
瞬間、空気が変わった。
リース、まずい。今の発言はだめだ。俺は息を殺す。
リースも自分の間違いに気が付いた。
「私は彼らに慣れているの。古いものが悪いわけじゃない。古くても、愛着があるほうが私はいいと思う」かろうじて彼女は言葉を継いで失言をごまかした。だが、一度出てしまった言葉は取り消すことができない。
「リース・・・君は古い物を大切にするのはいいことだよ。でもね。今からはそういうわけにはいけないんだ。何しろ、次の相手は帝国軍だ。彼らは侮れない。そんな三体だけの戦力ではとうてい戦うことなんかできない」
なおもトゥミは説得しようとするが、リースは硬い表情のままだ。
「あたしは戦うためにここに来ているわけじゃないの、トゥミ。申し訳ないけれど、お約束が夕方から入っています。支度があるのでこれで失礼させていただきます」
リースは何か言おうとしたトゥミの言葉を聞こうともしなかった。そんな様子を目を細めてロイスは見ている。
「いいだろう。監督官。新しい種が欲しくなったらいつでも私のところへ来なさい」
ロイスは冷淡にそう告げると、取り巻きを待たずに歩き去った。
「リース、君は…」
監督官の振りまく冷淡な雰囲気に慌てたトゥミが慌ててリースに忠告しようとした。
「トゥミ、何度も言うけれど、私には新しいナンバーズなんて必要ないの。彼らのことが好きだし、気に入っている。これ以上、口出ししないで頂戴」
「リース。君は監督官《マスター》として間違っている」トゥミは顔を青くしていた。
「上級監督官《グランドマスター》に逆らうということがどういうことか、わかっているのか?」
「私は、正式な監督官《マスター》ではないわ。監督官《マスター》として教えを受けたことも、正しい知識を教わったこともない。だから、上の人間といわれても実感がないの」リースはトゥミに背を向ける。
「あなたたち、天幕に入りなさい」リースは俺たちに命令して、自分はさっさと幕の向こうに消えた。
リースの元婚約者は不意を突かれた様子で彼女の背を見つめていた。
それから、俺たちのほうを見て、にらんだ。 特にゴローのことを。
サクヤはそんな視線を涼しく受け流して、天幕に入る。俺もそれに続いた。
その後ろで、トゥミが覚えていろとか何とかゴローにつぶやいているのがかすかに聞こえた。
そんなことゴローにいっても仕方がないと思うのだが、どうなんだろう。
天幕の中ではリースが膝を抱えて座り込んでいた。
「あー。やっちゃった…」
リースはうめいている。
「あんなこと言うつもりはなかったのに。つい」
「リース、悪くない。悪いの、あの人たち」
ゴローがやさしくリースを慰める。
「俺たちのこと、かばってくれて、たくさんありがとう」
俺も一緒に座り込んだ。
「あのくそ野郎。俺は絶対許さない。あいつの言葉、絶対に忘れないからな」
「シーナ、なぜ、傷ついている? あなたもあの人、嫌い?」
「ああ、嫌いだ。あいつ、見栄えのいい個体って言った時にゴローを選んだよね。ゴローを…」
俺はどうしようもなくやるせない気分になっている。
「なんで、ゴローなんだよ」
「・・・シーナ、あんた、自分の姿を映してみたことがある?」
リースが八つ当たり気味に俺をおとしめる。
「シーナ、いい子。かわいい子。でも、ゴロー、きれいな子」
サクヤが俺の背をなでてくれる。
なぜだろう、ものすごく負けた気がする。俺は敗北感をかみしめた。