モブ中のモブとして召喚されました14

アルトフィデスの騎士団がやってきたのは、それから二三日してからだった。 

 それまで俺たちが使っていた練兵場は彼らに占拠され、俺たちは神殿の外の小さな広場のようなところで訓練を続けていた。 

 今、俺はヤス神官から精霊の扱いを学んでいる。 

基本的な知識があるらしい、サクヤやゴローと違って、俺は精霊について何一つ知らない。俺がふわふわの玉を見ていることに気がついた神官は俺にその扱い方を教えようとしている。 

「いいですか。ほとんどの人が精霊を時折見ることはできますけれど、あなたのようにいつも見えている人は少ないのです」 

 彼は大聖堂の中に俺を招き入れて、そこで訓練をしていた。 

 彼はたくさん浮いている玉を一つ手にとって俺に渡す。 俺はそれを受け取ると、玉はぴくぴくと跳ねた。 

「それを、わたしに返してください」 

 俺はそおっとそれをヤスの手のひらに戻す。光の球はしばらく手のひらにとどまっていたが、またふわりと浮かび上がって消えた。 

「このふわふわにそんな力があるとは思えないな」 

 俺は、光の球を手のひらでぽんぽんと上に投げながらいう。 

「だって、これはどこにでもあるものだろ」 

「だから、大切なんです」 

 ヤス神官は俺の不敬な言葉に眉をひそめる。 

「どこにでもあるこの世に満ちあふれている力だからこそ大切なんですよ。 いいですか、精霊に力はわたしたちの命の力でもあります。 わたしたちの命は精霊を通して大いなる神から与えられたものなのです。 精霊の力が弱くなれば、命の力も落ちます。 豊かな畑は荒れ地に変わり、水は涸れ果て、木は枯れます。 精霊の力がなければこの世は命の宿らない砂の土地に変わるといわれています」 

「へぇ」 

「へぇ、じゃありません。大切なことなんです。あなたのいたところでは・・・・・・」 言いかけてヤスは話題を変える。「ともかく、彼らを自在に操るために呪は生まれました。 こうして、彼らを動かせるというのが基本なんです。 まずは基本から・・・」 

 基本的な剣の使い方はキーツが教えてくれた。 相変わらず、俺がかわいい女の子でないことに文句をつけていたが、こればかりは仕方がない。 
最初こそ丁寧に教えてくれていたキーツもだんだんと教え方が荒くなっていく。 

「だから、そうじゃなくて、もっと精霊の力を使うんだよ」 

 彼が俺にたたき込もうとしているのは精霊を使った剣術の一種だ。精霊の力を使うことによって、体の動きを早めたり、鎧を使わなくても体を防御できるようにしたり、それはそれは便利な技らしい。 

「そんなもの、呪とやらを使えば同じことができるんだろう」 

 俺が指摘すると、彼はその通りだと言った。 

「精霊の力を使うという基本は同じだ。だが、この剣術は呪を使わなくても体を強化できるという点で早くて、楽なんだよ。慣れれば、だけどな」 

 わざわざ精霊を呼び出す手間をなくして使えるようになるので楽らしい。 

 熟練すれば、の話だ。 

 俺は、まず、精霊を呼び出すところから始めなければならない。 困ったことにあの光の球は女心よりも気まぐれだ。 呼びもしないのに大量発生することもあれば、呼んでも呼んでも現われないときもある。 

「呪で、精霊を呼び出しておいてから、使えばいいんじゃないのか」 

呼ぶのにつかれてしまった俺は文句を言う。 

「腕が上がれば、精霊の呼び出しと力の引き出しを同時に行えるようになるんだ。もうこれは何度も何度も訓練を繰り返すしかない」 

「どのくらい、訓練する必要があるんだ?」 

 俺は聞いてみた。 

「個人差がある。少なくとも5年」 

 俺は、訓練用の剣を投げ出した。 

「そんなの、俺には無理だろ」 

「そんなことはわかっている」 

 キーツは不機嫌そうに剣を振った。 

「だが、対魔獣には精霊剣は相性がいい。使える素質があるのだから、覚えておいて損はない」 

「素質ってなんなんだよ」 

「精霊を見る力と加護、これが絶対条件だ。 それに、剣術の基礎があれば上達は早いはずだ」

「この玉が見えるだけでいいのか?」 

「それでいいんだよ。普通はいつも見えるものじゃないといってるだろう」 

 それからもしばらく俺は訓練というより体罰に近いことをされた。 キーツによれば、これはまだましな方だという。

「本職の聖騎士なんかもっとひどい。こんなんじゃぁすまないぞ」 

 そんなある日俺達は一堂に集められた。 

「それでは、明日からの討伐についての説明をします」 

 結局俺たち以外クリアテスからの参加者はいなかったので、俺たちは神殿にやとわれた傭兵たちと組むことになった。 

 俺は一番隅で聞くともなく話を聞いていた。 

「ちょっと、シーナ。ちゃんと話を聞いていた?」 

「……」 

 明らかに頭が明後日の方向に飛んでいた俺の様子にリースははぁと息を吐く。 

「あたしたち、キーツやルソさんと一緒の班だから。二人とも腕利きなのだそうだから、足を引っ張らないようにするのよ」 

「昨日も再三注意したが、クリアテス領に入るのは厳禁だ」 

 次の朝、隊を率いることになっているキーツが俺たちに念を押した。 

「川向うは今クリアテス派の連中の縄張りになっている。神殿はあちらともめたくないんだ」 

「あたしたちが住んでいるのは、あちら側なのに…あちらの討伐ができないなんて…」 リースが下を向いてこぼした。

「リースちゃん、君の故郷を大切に思う気持ちはよくわかるよ」 ここぞとばかりにキーツが色男ぶりを発揮する。 「でもね、一応アルトフィデスとクリアテスは友好を結んでいることになっているからね。騎士団なんか出ていった日には喧嘩になるだろ」 

「それはそうだけど…」 リースは不満そうだ。 この前村の近くに魔獣が出たばかりなのだ。気にならないといったら嘘だろう。 

 魔獣が潜んでいるといわれているコサの森は豊かだった。 

 あまり大きな森のない対岸とは対照的に、昼でも薄暗いほど木が密集しておりその分探索も難しい。 探索専門の兵や遠見の力を持つ神官たちが力を合わせて魔獣の居場所を特定していく。 

 俺たちは何をしているかというと…俺は相変わらずしごかれていた。 

 はっきり言って俺たちは騎士団の後ろをついて歩く護衛のようなものだった。 彼らが野営するときには手伝って、彼らが出かけた後の留守をする。魔獣の気配すら感じられない役どころだ。 

 そんな中でもキーツはサクヤやリースを口説きながらも、まじめに俺たちの訓練を続けていた。最初は歩兵にない動きで戸惑っていたサクヤやゴローも弓や槍といった獲物を使って戦うことに慣れていった。 

「体の調子はどうですか」 

 時々、神官のヤスが俺達の様子を見にやってくる。今日はディーも一緒だった。 

「リース、そっちはどう?」 

「ディー。元気にしてるよ」 

ディーとリースは二人で抱き合っている。 相変わらずの二人組だ。 

「こんにちは、ディー」 

食事の支度を手伝っていたサクヤが挨拶をする。 

「サクヤ、だいぶ雰囲気が柔らかくなってきたね」 

 ディーがサクヤの顔を両手で固定してあちこちをのぞき込む。 

「はーい、口を開けて。うん、異状ないみたい。相変わらずすべすべした肌だねぇ。サクヤちゃん。髪もつやつや。お。ゴロー君。相変わらずいい男だね。はい、かがんで。ちょっと検査するから動かないで…」 

 これか、これが目的か。 

 神官どもは俺達のことを実験動物か何かと思っているようだった。 

「…魔獣退治、うまくいってないみたいだね」 

 リースとディーが話している。 

「そうみたいね。騎士団も手を焼いているみたい。どこかに“穴”が開いているのは確かなのだけれど。どうも、発生源は川向うらしいのよね」 

「え?」 

 リースのこわばった顔が炎の揺らぎで浮かび上がる。 

「うん。クリアテス領からこちらに魔獣が流れてきているみたいなの。発生源を突き止めようとしても、クリアテス領じゃぁ…」 

「騎士団は川を渡れない…よね」 

「“穴”ってなんだ?」俺は聞いてみた。 

「あ、シーナ、聞いてたんだ。“穴”は“穴”よ。魔獣がたくさん沸く場所のことをそういうの」 

「魔獣って沸くものなのか?」 

「ううん、どうやって彼らが現れるのかはわかってないの。ある時突然そこに現れる」 ディーは空中に円を描いた。 「こういう何もないところからポンと。そして人や普通の獣を襲う。水を毒に変えたり、植物を枯らしたりするやつもいる。大きいのも小さいのも、人に近い形のものだっているよ。魔獣っていうけど、知性らしきものを持っているものもいる。 はっきり言うと、よくわからない。ただわかっているのは、彼らが出てくる場所の精霊の力が弱いということかな」 

「ふわふわの浮いていない場所ということか」 

「ああ、あなたはふわふわした玉のように精霊を見ているのね。なら、そう。魔獣が現れるところでは精霊が呼びにくいみたいなの。それで、“穴”というのは彼らがたくさん集団で現れるところのこと。今回は群れで現れたのはわかっている。だけど、その穴がわからない。それで人手を集めて討伐することになったの」 

「でも、クリアテス領が発生源だとしたら、全滅させるのは無理じゃない?」 

「うん。そうなのよね」ディーが食後のお茶をすする。「こちらの側に来た獣を倒すしかない」 

「ねえ、それじゃ、マフィの村にもまた魔獣が現れるかもしれないということよね」 

リースは暗い顔をする。「あたし、ここに来てよかったのかな。村で、みんなを守っていたほうがよかったのかな。ほかの村みたいに」 

「それは違うと思うなぁ。ほかの村はクリアテス派に人を取られ過ぎて、こちらに送る余裕がなくなったんだと思う。マフィの村みたいにコサの信者が多い村ばかりじゃないから…」ディーが慰める。「それにマフィの村はまだ精霊がたくさんいるから大丈夫だよ。きっと精霊が守ってくれるよ」 

「クリアテス領ではそんなに精霊が減っているのか?」 

俺が聞くとディーも顔を曇らせた。 

「うん。こちらからでもわかるくらい減ってる。この対岸やマフィ―の村はまだまし。 

たぶん奥のほうはもっと減っていると思う」 

精霊は命そのものだとヤスは説明していた。 

俺の理解でいうと、精霊が減るということは土地に毒がばらまかれているのと同じようなことなのだろう。 

「みんな、向こう岸で魔獣退治をしているのかなぁ」リースはため息をついた。「あたしも、行きたいよ」 

「行けばいいじゃないか」俺はふと思いついた。「行けばいい。行こう。リース。俺たちならいける」 

え、というようにリースが顔を上げる。 

「俺たちはもともと対岸の住民だろ。アルトフィデスの騎士団が討伐に乗り出すのは困るけれど、対岸の住民が自分で魔獣を退治するのは問題ないんだよな。なら、俺たちが調査に行けばいい。“穴”を見つけたら、騎士団に助けを呼びに行けばいいんだよ。自分たちの力で対峙するのが無理だから騎士団を呼ぶ。だったら問題ないんじゃないか?」 

「シーナ、あんたいいことをいうね」リースは俺に抱き着いてきた。「行こう。今すぐにでも行こうよ。サクヤ、ゴロー、みんなで一緒に村を守りに行くよ」 

「ち、ちょっと。あんたたちだけで行くつもり?」ディーは慌てた。「無理、それこそ無理。今出ている魔獣は群れなんだよ。あんたたちが行っても餌になるだけだと思う」 

「悪くないかもしれないな」いつの間にか後ろで聞いていたキーツが同意した。 

「俺達で倒しきるのは無理だろう。だが、“穴”の位置が特定されれば、騎士団が向こう岸に行く理由にはなる」 

「大丈夫なのか? 俺達だけで?」ルソは心配している。 

「ちょっと行ってみるだけだ。リースちゃんがいれば、言い訳も立つ」 

そんなこんなで俺達は対岸に行くことになった。 

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