腕輪の支配から逃れた俺達はもはやナンバーズと見なされないとリースはいった。
先ほどまで味方だったナンバーズも今は敵だ。
俺達はこそこそと隠れながら進んでいった。
これがゲームの世界というならば、潜入タイプのアクションゲームだと思う。
それも、飛び道具なし、相手の数が多いというハードモードだ。
ここでもゴローが大活躍だ。
どうも、生前彼は恐ろしく能力の高い狩人だったようだ。その能力は追跡と逃走に遺憾なく発揮される。
サクヤの精霊を呼ぶ能力もまた戻ってきていた。彼女の隠蔽の呪はさらに威力を増していて、幾度もひやりとする危機を救う。
コルトがいっていた主戦場は上という情報は正確だったようだ。これまで、三桁の最新種は見かけていない。
俺はできる限り、ナンバーズを傷つけたくなかった。決闘の時のような後味の悪い気持ちを味わいたくなかったのだ。
しかし、隠れて進むのには限界があった。
ついに俺達は前線部隊と帝国軍がにらみ合っている場所のすぐ近くにまで来てしまった。
コルトの説明によれば、この先に上層部と連絡している塔がある。
この塔にある結界を破壊してしまえば、堰は崩れる仕組みになっているらしい。
結界がどんなものなのか、コルトも見たことがないといっていた。
普段はそこへ至る扉も封印してあるのだという。
ゴローが手で合図してきたので俺達は部屋の家具だった残骸の陰で息を殺す。
「本当に、その作戦でいいのか」
声が聞こえた。聞いたことのある男の声だった。
「ああ。ロイス様のご命令だ」
「・・・納得できない」
「単純な作戦だろう。君でもできる作戦だよ」
うわぁ・・・俺はめまいがした。
目の前にいるのは俺に配下を倒されたクロエとかいう男だった。そしてロイスの伝令が一人。なんだかむちゃくちゃなことを命令しているらしい。
「どうするよ?」
俺達は瓦礫の陰に身を潜めて、こそこそと話し合った。
さすがにあのクロエという男、俺達のことを覚えているだろう。彼が俺達にいい感情を抱いていないのは明らかだ。
「この先に行かないといけないんだよね」
「戦闘のどさくさに紛れて、と思ったのだが・・・」俺は側を兵が通り過ぎたため声を落とした。「どこか迂回できる道はないか。たとえば、排水溝とか、屋根の隙間とか」
サクヤが遠い目をして、精霊の声を聞く。
「わからない。この先には結界が張ってある。そこから先は、見えない」
「結界ってそんなに厄介なものなのか」
「結界が張ってあると、かなり厄介。破るのには、結界を上回る力をぶつけないと」
「結界を上回る力ってどんなものなんだ」
「たとえば、強力な呪。ただ、ここにかけられている呪は大がかりで長い年月練られたもの。それを破ろうと思えば・・・」
サクヤが説明しようとしたときだった。
俺のいる場所の床を振るわせるほどの音と衝撃が伝わってきた。積み重なっていたがれきの山が崩れて、危うく生き埋めになりそうになる。
「な、なんだ」
問いかけるまもなくもう一度、振動がくる。
俺達はぴたりと床に伏せて耳をふさいだ。耳鳴りがしばらく治まらない。
「“爆弾”か?」
ここでは見たこともない兵器のことを俺は口走っていた。
「え? なに? 聞こえない?」
リースが俺に聞き返す。
「結界が、消えてる」
サクヤが正面の土埃を見つめて目を見張った。
「それは、どうやって」
ゴローが驚きの目でサクヤを見る。
「なにか、大規模な呪の気配、なかった。術者は、いなかったはず」
俺は、隠れる場所もなくなった場所から這い出して、先をすかし見た。
誰かが何かを叫んでいた。
クロエの声だった。若い男の声がうわずって、まるで女の子のように甲高い声に聞こえた。俺は姿勢を低くして、見えない煙の中を進む。
いい機会だ。ここでうまく監督官を押さえることができれば、ナンバーズ達に俺達が命令を下すことができる。
ゴローも、その意図を察したらしい。同じようにあたりに気を配りながら、監督官に近づく。
そのとき、俺は何かを踏みつけた。かつて味わったことのあるいやな感覚だった。
何度も何度も戦場で踏みつけて行軍してきたものに似た感触。
俺は恐る恐る床に目を落とした。
誰かの腕が落ちていた。腕だけが。俺はそれがナンバーズのものだと直感した。
爆弾で吹き飛ばしたのか。体ごと。
俺は怒りに任せて、クロエと思しき男に突進した。
「おい、おまえ、一体何をやったんだ」
俺は男を残っている壁に押しつけた。男は俺のことが最初わからなかったようだが、気がついたとたん小さな叫び声を上げた。
「何をやったのかと聞いている」
「なにもしていない。ただ、技術官様の言いつけ通りに呪を発動させただけだ」
「何の呪だったんだ?」
「そ、それは」
男は俺達が来た方に目をやった。
俺は来た方を振り返った。ナンバーズの一団がこちらに向かってきている。
その歩みはゆっくりで、まるで腐った死体がゆるゆると近づいてくるそんな感じがした。元々生気の薄いナンバーズの気配がもっと薄くなっている。
「なんなんだ? あれ」
クロエの目が丸くなった。
「嘘、だろ。なんでこっちに向かってきているんだ」
男の目が泳いだ。
「嘘だろ。そんな馬鹿な」
クロエは俺の手を引きちぎると、気が違ったように帝国軍の陣地があった方へ走り出す。
「おい、待て」
俺は逃げモード全開のクロエを捕まえようとして、捕まえ損なった。
「シーナ」
後ろからリース達が呼ぶ。
俺はもう一度こちらに歩いてくるナンバーズを見た。絶対におかしい。
彼らは攻撃するつもりが一切ないようだった。武器も持っていない。防具も外している。
俺はぞっとしてリース達に呼びかけた。
「みんな、こっちに来い」
いわれなくても、不気味な雰囲気を感じ取ってリース達はこちらに走ってきた。生きた死体の群れと挨拶を交わすようなそんな度胸は俺達にはなかった。
何かがちかっと光ったような気がした。
「隠れろ」
俺達は左右に分かれて、通路の脇についている横道に飛び込んだ。
俺はリースのをかばうように体を入れ替えて彼女を壁に押しつけた。
また、ものすごい音と振動が背中を通り過ぎた。思わず目をつむる。
揺れが小さくなってから振り返った。
先ほどまで俺達がいた通路は消えていた。通路はえぐれるように吹き飛んでいた。
「助けてくれ」
俺の前を逃げていたクロエは部屋に飛び込み損ねていた。
足下が崩れて、彼は必死で手を伸ばして残った床をつかむ。
床材は彼の重みでゆっくりとたわんだ。
くそ。
反射的に俺は彼に手を伸ばした。
人の重みがかかって俺も部屋の外に引きずり出されそうになる。
慌ててリースが俺を支えた。
クロエは驚いて目を見開いていた。
「しっかりつかんでろ」
俺は、男の手をしっかりつかみ直すと引っ張り上げた。
こちらの足場が崩れたらどうしようと思ったが、俺のいたところは存外丈夫なところだった。
男は安全な場所に引き上げられてからも、しばらく俺から手を離さなかった。
「なぜだ」
なぜだといわれても、困る。それよりも早く手を離してもらいたい。俺は男よりも女の子と手をつなぐのが好きだ。
そこは保守点検用の通路として作られた場所のようだった。
ここにいるのはリースとクロエと俺だけだ。ゴローやサクヤの姿は見当たらない。
「ゴローとサクヤは?」
俺は穴から首を出して、大穴の空いた通路をのぞき込んだ。
土埃がまだもうもうとしていて、視界が悪い。
その向こうからふわふわと精霊の玉が飛んできた。サクヤが送ってきたのか?
玉は楽しそうに俺の周りを回るとまたふわふわと土煙の向こう側に消えた。
「大丈夫だ。彼らは無事みたいだ」
俺はほっとしてリースのほうを振り返った。
リースは、こわばった表情をして俺を見ていた。
仲間が無事でうれしくないのだろうか?
俺が尋ねるように首をかしげると、彼女は俺の後ろを指す。
俺は周りを見回した。
リースとクロエ、それから、むっつりと黙り込んで俺達を見ている兵士達。
「やぁ、アルトフィデスの見習い騎士君」
あ。
俺は固まった。