モブ中のモブとして召喚されました4

 メイド服を着た少女はその辺のアイドルなどよりずっと可愛らしかった。 

 薄茶色の巻き毛、長いまつげと伏し目がちな大きな目。 

 真っ白な前掛けとプリム、どこからどう見てもメイドカフェの売れっ子店員さんにしか見えない。 

 それが、厳つい顔をした監督官《マスター》達と文官らしい男達にかしずかれて、堂々と椅子に腰掛けて優雅に茶を飲んでいた。 

 それ役割が逆だろう。 

 他の二人はこれを変だと思わないのだろうか。横目で仲間の様子をうかがったが、いつものように前を向いて身じろぎ一つしていない。 

 視線を前に戻すと、メイドさんとばっちり目が合ってしまった。彼女はにやりと笑う。 

「これが、一桁の生き残り君達か」 

 まるで男のような口調で、彼女は周りのものに声をかける。 

「はい、最初に呼び出した3兵種の残りです」 

 髭の年配の男が合いの手を入れる。上級監督官《グランドマスター》だろうか? いかめしい顔をした融通の利かなそうな男だ。 

「ふーん」 

 少女は椅子から立ち上がると、俺たちのほうに歩いてくると、前から後ろから俺たちのことを観察する。 

「いままでの戦闘で残ったんだね。感心、感心」 

 彼女が手を差し出すと、先ほどの男が分厚い紙の束を差し出した。 

「ここにいるのは3398、3417,3456ね。最初に呼び出したのは450体だったんだね。3456だけ次のロットと・・・・・・ふーん、これが、イレギュラーが多い3417か」 

 彼女は、努めてまっすぐむこうと試みている俺の顔をのぞき込む。 

「なるほど、これは面白い」少女はまたいたずらっぽく笑った。 

「多少、挙動に不審な点があるけれども、ちゃんと戦闘には参加しているんだね」 

 彼女は手元の資料をぴらぴらとくりながら目を走らせている。 

「組成は試験体と変わらず、かけてある呪は、これは、ちょっと多いんじゃないかな。ここまでする必要があったのか?」 

「は、試作段階で暴れた個体がおりまして、初期のころは多少強めに強制呪をかけておりました。今では費用対効果を考えまして、そこまでのことはしておりません」 

「多少、強めにね」彼女は口の中で言葉を転がす。「これだけ強制したら普通の人間でも廃人になるレベルじゃないか、なぁ」 

 彼女は俺にそういって笑いかける。 

「ただ、強い呪をかけた個体が最後まで生き残っていることを考えますと、次の種ではまた強めた方がいいのではないかという意見も…」 

「他の兵種はどうなんだ。やはり初期が残っているのか」 

 別の男がまた資料を手渡す。 

「1種、4種は、初回は残ってないじゃないか。5種は結構残っているな。でも特殊な種だからなぁ・・・・・・ざっと見たところだが、これでは強力な呪が必要という結論は出せないな」 

「はい、むしろ、管理官の能力の差が現れているのではないかという推測のほうが当たっているかと…」 

ここぞとばかりに別の男が意見を述べる。最初の年配の男は密かに顔をしかめた。 

「その辺はおいおい次の上位種で検討してくれ」メイド姿の美少女は資料を隣の男に手渡した。 

「それで、この子達なんだけど…どうしようかなぁ」 

 彼女はあごに手を当ててかわいらしく小首をかしげた。 

「3人だけじゃぁ、複合実験にも使えないよね。かといって廃棄するにはもったいないし、ねぇ」 

 先ほどからこの少女、俺にばかり話しかけている気がする。 

 話の雲行きはあやしいし、俺的には平静を装うのにかなり神経を使っているのだが。 

「決めた。最初の提案通りにしよう」少女はくるりときびすを返して椅子に座った。 

「しかし…監督官《マスター》でないものに管理をゆだねるというのは」 

 いかめしい顔をした男は渋った。男にメイドは笑みを返した。 

「いいじゃないか、|ロイス技術官《マスターロイス》。上位兵種が実装されれば、こうして余る個体も出てくるのは必至だからね。余った個体を廃棄するのじゃ、惜しいし。かといってこんなに少数では使い道もない。なら、民間で活用できるか試してみるもいいんじゃないかな」 

「しかし、“陰”は戦以外のことはできません」 

「うん、だからそこから活用できるかどうかも含めての実験だよ。人と違って逆らうことを知らない個体達だよ。うまく運用できればいろいろなところで役に立つ」 

 メイドはぽんと手をたたいた。 

「うん、そうしよう。この個体を実験地に運んで引き渡してきて」 

 男達は顔を見合わせて、それでも、あえてこの少女に異を唱えるものはいなかった。 目線が交わされ、俺の担当官が押し出されるようにしてメイドの前に立つ。 

「よろしく頼むよ。管理官46、コルト君だったよね」おそるおそる担当の管理官はうなずいて、礼をした。 

「君たちも頑張ってね」少女は俺たちナンバーズにも明るく声をかける。 

「君が3456? すごい筋肉だね。強そうだ。この子は3398、かわいい子だね。こんな子も呼ばれてしまうのか。頑張ってね」 

 メイドはべたべたと他の二人を触ったり、髪の毛を引っ張ってみたり。これはセクハラなのか。それともパワハラって奴? ひとしきり見栄えのいい二人で遊んだ後、俺の周りをぐるぐる回り始めた。 

「これが、変わっているという噂の3417か。うん、彼は本当に面白い。いい実験結果がとれそうだ。彼がどう変わるのか本当に楽しみだよ」 

 美少女はにこにこと監督官《マスター》達に笑いかけ、それから、俺の耳元でささやいた。 

「それと、君、僕は男だから」 

 反応を隠すのに、とても苦労した。 

 兵舎での最後の仕事は自分たちの寝泊まりしていた天幕の解体だった。それを用意された馬車に積み込んで準備完了だ。 

 直立不動で立っている俺たちにコルトは馬車の中で待機しているように命じた。 

 俺たちが後ろに座り込むと馬車が動き出した。見慣れた建物がどんどん小さくなっていく。 

 一体俺たちはどこへ連れて行かれるのだろう。 

 馬車の中には俺たちが今まで使っていた物が積み込まれていた。装備品一式、天幕、それから携帯用の食事だ。 

 完全栄養食とかいって毎日朝と晩に渡されていたどろどろの液体が入った袋が俺たちの糧食だった。味も素っ気もない。以前の俺だったら、吐いていたような代物だ。でもそれしか食事として与えられないのだから、飲み干す以外にない。 

 俺は糧食の数を数えた。朝夕二つ消費するとして、およそ三ヶ月分。それだけの期間は俺たちを生かしておくということなのだろう。 

 そうこうしているうちに、見慣れた風景が遠ざかっていく。訓練で走らされた道を外れて、馬車は未知の場所に向かっていた。 

 夕方過ぎに馬車は町にたどり着いた。馬車はそのまま町に入っていく。 

 俺はここの町を訪れるのは初めてだった。いままでも、近くまで来たことはあったのだが、野営地は必ず町の外だったからだ。 

 夕食の時間だったからだろうか。どこからか食べ物のにおいが漂ってきた。乾いた道を埃を立てて馬車は進む。見たところ大きな建物は少ないようだった。せいぜい三階建て、平屋の家も多い。かなりの数の人が道を行き来していたが、俺たちの馬車に注目する人はいない。 

 それはそうだろう。まさか、俺たちのような“ナンバーズ”が乗っているとは夢にも思っていないだろうからな。 

 馬車はある建物の裏で止まった。馬が車から外され、どこかに連れて行かれる。 

 監督官《マスター》は俺たちがおとなしくしているのを確認してから、楽にして補給をして休めと命令した。 

 俺は幌の間から外をすかし見た。もう日が落ちてくらくなっていたが、灯りの漏れている建物がある。人々が中で話している声がさざ波のように聞こえてきた。食堂とか、酒場とかそんな場所なのだろうか。 

 俺たちの乗っている馬車の周りには誰もやってこない。 

「静かだね」 

 他の二人に話しかけたが二人から答えはなかった。 

「あのな」俺は聞いているのか聞いてないのかわからない仲間に話しかける。 

「お互い番号で呼ぶのもなんだろう。名前で呼ばないか」 

 相変わらず返事はない。 

「俺の名前はシイナだ。あんた達の名前は?」 

 しばらく待っていたが二人とも無反応だ。 

「なぁ、番号は呼びにくいから、名前つけてもいいか?」 

 俺は提案してみた。 

「3398は、サクヤ。3456はジゴロ…ゴローでどうだ」 

 いいとも悪いとも二人はいわない。俺はうなだれた。 

 こんなふうに昔の記憶を持っているのは俺だけなのだろうか。ここの二人は監督官(マスター)達がいうようにただの“陰”にすぎないのだろうか。 

 あれこれ考えているうちに眠ってしまったようだ。 

 俺が目を開けると、3398も3456も目を開けていた。馬車の外はもう明るくなっている。監督官(マスター)は昨夜戻ってこなかったようだ。 

「おはよう、サクヤ。おはよう、ゴロー」二人に挨拶をしてみた。 

 サクヤがふいとこちらを向いた。彼女の澄んだ青い瞳には何も感情を写していなかったが、確かに彼女はこちらを見た。 

「おはよう」 

 小さな声で俺は繰り返す。 

 そのとき足音がした。管理官が戻ってきたのだ。 

 俺たちは何事もなかったように前をむく。 

「おまえ達、食事は済ませたか。まだか。まぁいい。外套を羽織って降りてきなさい」 

 俺たちは言われたとおりに馬車を降りて、監督官《マスター》の後をついていく。 

 朝の空気が気持ちいい。 

 野営地と同じ朝の光景のはずなのに、なぜか心地よさを感じた。何が違うのだろう。 

 この町の人たちは早起きだ。すでに町は目覚めていた。俺たちは馬屋に連れて行かれた。 

 多くの人たちが馬の世話をしている。 

「君がマフィの村から来た人だね」 

 監督官《マスター》が馬を洗っている若い女に声をかけた。 

「わたしは監督官《マスター》のコルトだ。おまえ達がほしいといっていた用心棒を連れてきた」 

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