こうして総勢200人ほどの俺たちの部隊は壊滅した。
残されたのは、監督官《マスター》を守っていた特別な連中と、俺たち3人だけだった。
残りはみんな無謀な命令通りに突撃して死んだ。
監督官《マスター》達が話していたのを聞くと、全滅したのは俺たちの歩兵部隊だけらしい。
俺たちはたった三人で残された。他の歩兵部隊に組み込む話もあったようだが、なぜかそのままにされている。
今俺たちにできるのは残された天幕の解体と跡地の整備だった。
今日の俺は便所掃除をしている。仕事を手抜きしていたのを見つかって、罰を与えられたのだ。
「おまえは本当に変わった奴だな」
俺の担当官であるコルトが俺の仕事を監視しながらつぶやいた。
返事を求められていないので、俺は黙ってモップで床をこする。
「時々おまえを見てると、俺たちと変わらない人間のように思えてくるよ。不思議だな。おまえ達はただの“陰”に過ぎないはずなのに」
俺の監督官《マスター》はいい奴なんだろう。少なくとも裏で俺たちのことをいたぶることはない。監督官《マスター》によっては平気でひどいことをする奴がいるのを俺は見てきている。コルトはむしろそういう輩から俺達を守ってくれていた。
しかし、退屈だ。正直、俺たちに罰掃除なんて、意味がないような気がする。
そもそも罰則自体効くとは思えないのだ。
ナンバーズの生活は単調だ。朝起きて、訓練をして、朝食を食べて、訓練をして、夕食を食べて寝る。基本その繰り返しだ。
当番制で基地の掃除とか、見回りとか、まわってくるけれどそれ以外は訓練するか、寝ているかしかない。
自由時間という名の何もせずにいる時間はある。でも、みんな宙を見つめたまま固まるだけなので、どこが自由なのかさっぱりわからない。一日黙って壁を見ていろと言われたらどんな気分になると思う? それこそ退屈で死んでしまう。
まだ、こうして罰掃除にかり出されるほうがましだ。
最もこう感じるは俺だけなのかもしれない。他の連中が今の状態をどう感じているのか知る術《すべ》がないからだ。
俺たちは命じられたこと以外はしない。できない。自発的に動くようにはできていないのだ。
だからナンバーズ同士で話し合うこともない。こんにちは、とか、ありがとうとか、挨拶もしない。食事をするときも、行軍するときも、寝るときも、表情も変えずやることをこなす。たぶん外から見ると不気味な集団だろう。
俺たちは正式には“陰”と呼ばれる存在らしい。召喚士といわれる人たちに呼び出された人の形をしたただの道具だ。監督官《マスター》達に操られて、好きなように使われる。今はたまたま兵器として使われている、そういうことだ。
「おい、上級監督官《グランドマスター》が捜してたぞ」
そこへ、別の監督官《マスター》がやってきた。
「なんだ、そいつに何をやらしてる」
「罰掃除だ。命令違反をした」
「ふーん、コイツが例のナンバーズか」じろじろと無遠慮な目で見られる。「命令違反をするなんて、役に立たないな。廃棄を申請した方がいいんじゃないか」
「うーん、それなんだが…」俺担当の監督官《マスター》が口を濁す。
「まぁ、いい。ともかくおよびだ。はやくしろよ」
「3417、掃除が済んだら、宿舎に戻れ」
担当官は俺に命令をして、その場を去って行く。
ひどい奴らだ。人を目の前にして、廃棄申請とか。そう思ったが怒りはわいてこない。何かが感情のふたをしていて、俺の心はいつものように平静だった。
適当に掃除を切り上げて、宿舎という名の天幕に戻る。今ここには俺たち三人しか歩兵はいない。だから一つの天幕で3398と3456は一緒に寝泊まりをしている。
天幕の中で二人は命じられたようにじっと待機しているようだ。
「何をしているんだ」じっと床を見つめている3456に聞いてみる。
「…何も…」
だいぶ時間がたってからぽつりと返事が返ってきた。相変わらず無表情な奴だ。
前に一度だけ、この男が感情らしきものをみせたことがある。
その日は行軍中に普通の人たちが住む側で野宿をすることになっていた。
野営の支度をしていると、手を止めてじっと遠くを見つめる3456を見つけた。何を見ているのだろうとそちらに目をやっても特段変わったものは見当たらない。ただ、村の子供達が楽しそうに遊んでいる姿があるだけだった。
あとにもさきにも、3456が命じられたこと以外のことをしているところを見たのはそのときだけだった。
俺は自分に振り当てられた寝床にごろりと横になった。それから天井の染みを数える。
大きな染みを数え終わり、小さな染みを数え始めたころ、監督官《マスター》がやってきた。
「おい、おまえ達、こっちに来い」
俺たちは素直に監督官《マスター》の後についていく。
いやな予感がする。廃棄されるのだろうか。今まで知っている限り、廃棄されたナンバーズはいない。廃棄されなくても、勝手に戦で死んでいくから常に新陳代謝できているのだ。最初に呼び出されたナンバーズの中で生き残っているのは全兵種あわせても20人に満たないはずだ。
ひょっとして古株から廃棄処分されるのだろうか。彼らの思考からすると充分あり得る話だ。
「おい、おまえたち、行儀よくしろよ。ちゃんとまっすぐ前を向いて立っておけ。
これからあうお方のいうことは絶対服従だ。目をそらすことはゆるさん。
おい、3417、おまえにいっているんだぞ」
なぜだか知らないがピンポイントで注意された。
「おまえは古参の中では一番の問題児なんだぞ。わかっているのか。お・・・・・・」
いきなり立ち止まられて俺は担当官に突き当たりそうになった。後ろを振り返ると建物の入り口で後ろの二人が立ち往生している。
「おまえたち、ついてこい。そうか、今日は入っていいぞ。・・・・・・って、なんでおまえだけついてきてるんだ?」
そういえば、俺たちはこの建物には立ち入り禁止だった。絶対に入るなと命令されていた。
俺はそのことをうっかり忘れていた。
|コルト監督官《マスターコルト》が俺を上から下まで眺めて、咳払いをした。
「いくぞ」
三人で並んで後をついていく。建物の中は無機質で実験室を思い起こさせる雰囲気が漂っていた。まるで工場か古いコンクリートでできた学校のようだった。
ここだけ、俺のいた世界が移ってきたような、そんな感覚すら感じる。
行き交う人たちも忙しそうで、書類を手にしたものや、なにやらあやしげな荷物を運んでいるもの、話し込んでいるものなどあまり兵舎では見かけない人たちばかりだ。
血まみれの白衣を着た男は…見なかったことにしよう。
連れて行かれた部屋は奥まった一室だった。
管理官が緊張しながら扉をたたいているところを見ると、よほど高位の人物がここへ訪問しているようだ。
「壁際に並んでたて」
そう低い声で命令してから、監督官《マスター》は声をかけて部屋に入る。
俺たちは壁際に並んでたった。
何人かの人たちが部屋の中に座ってこちらを見ていた。中でも目を引いたのが。中央に座っている一番偉いと思われる人物だ。
偉い人物だと思う。
俺はおもわず、二度見してしまったよ。
そこにいたのは、フリルのついたメイド服を着た美少女だった。