豚の矜持25 準備

 今更ながらの行動だと思う。

 わたしは情報を集めようと思った。庭師の師匠や、チャールズ、協力してくれる人たちには頭を下げた。

 そして、金もばらまいた。黄金の威力は偉大だった。なぜ人があれだけ金に執着するのかぼんくらなウィリアムも納得する成果を上げた。その代わりに、家宝の壺が何個か消えてしまったけどね。

 ご先祖様、すみません。財産のほとんどは嫁に押さえられていて、わたし個人で始末できるものは限られていたんだ。土地や邸を抵当に入れるのはさすがに思いとどまった。というよりもそういったものを動かす時間がなかった。

 家中を漁って、使えそうな物を集めた。いろいろなところからあやしげな道具がたくさん出てきた。呪いの仮面とか、毒剣とか、暗殺用の魔道具とか…中には何に使うかわからないものもあった。

 トールや庭の師匠にも見せて、使えそうなものは持っていってもらった。師匠は家宝級の物を持ち出されて、渋い顔をした。でも、失敗すれば、ゴールドバーグ家はお取りつぶしになるのだ。ここで使わなくてどうするというのだ。

 なりふりは構っていられなかった。もう、あとがないのだ。

 すでに帝国の進行の原因となる承継問題に口を出す時期は過ぎていた。片方は完全に帝国に取り込まれていた。そしてもう片方はなんと隠れキャラである黄色ちゃんだった。「華の学園」でのシャタキャラ人気ナンバーワンである。どちらが魔王になるのかなんて、火を見るよりも明らかな配役だ。

 商人Aはわたしが秘薬とされる薬のレシピを帝国に売ったことで売国奴認定されるといっていた。おそらくはゲーム中でアイテム扱いされていた紅の宝玉とはレシピを指すのだろうとわたしたちは考えていた。

 レシピが残っているとするとそれは豚嫁の手元にあるはずだ。なんどもそれこそ非合法な連中まで使って探りを入れたがそれらしきものは発見されなかった。いっそのこと目の前の別邸ごと燃やしてしまおうかとも考えたけれど、ろくなことが起こりそうにないのでやめた。

 そういうことを考えただけでも駄目だったのだろうか。すでに豚は放火魔などという情報が街に流れていた。

「おまえ、火を見て興奮するっていう噂が流れてるぜ」

 トールがうんざりとした表情で教えてくれた。

「村を焼いて、その焼ける様を見て豚踊りをしたとか、作曲して歌ったとか、そんな噂だよ」

 どれだけ極悪なんだ、豚公爵。かつての大帝国皇帝のような噂を流されている。

 最もわたしのルックスでは炎の前でコンサートを開いても誰も聞きに来てくれないよね。

 世相はどんどん悪化していった。帝国の侵攻の噂はすでに下々の間にまで広がり、一部で物資の買い占め騒ぎが起こっていた。

 それと同時に友愛会の思想が過激に広まっていった。本来の自由や平等といった概念からかけ離れた狂気のような憎しみが貴族という象徴に向かっていた。

 一部の悪徳貴族が国政をないがしろにしている。彼らは庶民から搾り取った金で贅沢をし、その一部を帝国に流している。今も作物を買い占め、高値で販売しているらしい。本当なのかどうなのかわからない噂が噂を呼ぶ。一部の裕福な商人や貴族が実名で噂され、悪意の的となっていた。

 わたしはそういう悪徳貴族の中心人物になっていた。

 まさにルーシー・マーチャントがいったとおりだった。

 わたしがなにをしようと、何をするまいと、関係なかった。

 わたしが表に出てこないのは裏で暗躍しているためだった。わたしが太っているのは領民から巻き上げた金で毎日宴会を開いているためだった。妻がブランドブルグ皇帝の親類なので、ブランドブルグに国を売り渡そうと画策していた。

 わたしは引きこもりの豚でよかったと思っていた。こんな悪意に満ちた噂を直接聞いていたら、わたしの心はぼろぼろになっていただろう。

 わたしにはまだ盾になってくれる人たちがいる。それは心強いことだった。

 だが、エリザベータはどうだろう。

 わたしはどこかで彼女のことを心配している。

 自分の娘ではないと知ってからもなおわたしはエリザベータのことを思いきれなかった。ウィリアムが彼女をいとおしんでいるのは血縁があったからだと、どちらのわたしも思っていた。貴族が血縁を重視にするのは体に染みついた習性のようなものだったからだ。

 血縁があるからこそ、子供は大切に育てるもので、赤の他人の子供なぞゴミほどの価値もない。当たり前の考えだった。

 だが、向こうのわたしの影響なのだろうか? それともウィリアム自身の思いなのだろうか。

 自分の娘でないといわれ、それを確信してもなお、心のどこかでわたしはエリザベータを気遣っている。

 彼女は、無事だろうか。

 学園(ゲームの舞台)でおこっていることにわたしは一切干渉できなかった。接触しようとする手段はすべて妨害され、かつてそこにつとめていたダークですら中の様子をうかがうことができなくなっている。

 中では物語が粛々と進んでいることだろう。

 ゲームの中の悪役令嬢と呼ばれたエリザベータは悪意を振りまくばかりだった。小憎たらしいまでの見事さで周りの人たちを操り、主人公たちを追い詰めていく。主人公が周りから愛されることに嫉妬し、対抗心を燃やして、公爵令嬢という地位を利用して攻略対象者たちの心を自分のほうに向けさせようと主人公をおとしめるのだ。

 ゲームを楽しんでいたわたしは彼女が周りからどんな感情を向けられているかということは考えてもいなかった。悪意を向けられていても平然としている氷の女という設定だったからだ。

 彼女を支える人はいるのだろうか?氷の姫というあだ名そのままに感情を凍り付かせて、ブランドブルグの血を引く姫として政争のただ中にいるのではないか。あまたの思惑と悪意が交差する中でどんな思いをしていることだろう。

「学園ゲームの舞台の中をうかがうことができないのはつらいな」トールがこぼす。

「そろそろエリザベータの失敗イベントがおこるはずなんだ。隠れ攻略キャラを落とすことに失敗するイベントがね」

 これは規定イベントでどのルートでも黄色ちゃんはエリザベータの毒牙にはかからない。彼には精霊の加護があり、悪意から近づいてくる人物がわかるという設定なのだ。憑いているのは精霊じゃなく転生者だろう、というのが我々の見立てだった。

 実際のエリザベータのイベントはゲームのように甘いものではない。帝国と王国、王党派と革新派が入り乱れる陰謀ゲームだ。エリザベータは帝国側の駒、帝国になびかない黄色ちゃんを誘惑して自陣営に引っ張ってくるのが任務なのだろう。

 できるものならば、そのゲームに参戦してエリザベータを陰謀そのものから遠ざけたい。実際のゲームならゲーム盤をひっくり返すなどという荒技も使えるのに。わたしは学園ゲームの舞台に足を踏み入れることすら許されていない。

 そしてあれからエリザベータは一度もわたしと会っていない。向こうもわたしのことを避けているし、わたしも顔を合わせたところでなんと言っていいのかわからない。どうしていいのかもわからない。

 顔を合わせて、自分が彼女に何をするのかすら、予測できない。予測したくない。

 だまされてきたことで彼女に怒りをぶつけるのか? ゲームの豚のように暴力を振るうのか? それとも今までのように、甘い言葉と笑みを浮かべてこびるのか?

「オクタヴィアからゴールドバーグ家の力を奪い返せたらなぁ」

 わたしは今まで動かなかったことを後悔していた。

「今からでも遅くないかな。こうなれば力尽くでオクタヴィアを圧倒して…」

「それは無理。おまえがいまさら公爵面してもゴールドバーグ家のものは誰もついてこないよ。おまえが彼らになんと思われているかわかってるだろ。頭のおかしい豚の命令なんて誰が従いたいものかよ」

 わたしは、わたしが公爵として権力を振るい無双をする妄想を手放した。

 もっと現実をみよう。わたしはただの豚なのだ。

「あのイベントがおこる場所はどこだったかな」

 そのすぐあとに戦争イベントが始まる。

「この町だな。お? おまえの領地に近いところだな」

 ものすごくいやな予感がして詳しい地図をクラリスに持ってこさせる。

「なぁ、わたしの領地の村が、戦場にかかってないか?」

「え?そうだったかな。おまえの領地ってあのあたりまで、あ、そうか」

 “村”が無理矢理割り込んでいた地域が消えた影響でわたしの領地がイベントのおこる場所になっていた。

「このあたりってたしか…」

「魔王軍に蹂躙されました、の一言で終わるあたりじゃないか」

「それはまずいな。わたしの領民が、殺されてしまう」

 トールがとても驚いた顔をしてわたしの顔を見つめている。

「どうした?」

「いや、まさかおまえが下々の者に気をかけるとは思わなかったから…」

「なにをいってるんだ、当たり前だろ、わたしの領民、領地だぞ」わたしは思わず頭に血を上らせてしまう。「土地の守護者たる領主が民を気にするのは当たり前のことだろうが」

 そうだった。それが当たり前のことに今さらながらわたしは気がついた。ウィリアムはそんな大切なこともどこかに置き忘れていた。頭の中を豚公爵としての貪欲で怠惰な性根に替えられていた。

 領主は民を守る。これはこの世界本来のあり方だった。あちらに浸透される間にたたき込まれたあり方だった。

「おまえ、案外いい領主になったかもしれないな」

 しんみりとトールにいわれる。

 過去形なのが悲しい。

「とにかく、あと俺たちができることは、悪役令嬢のイベントを阻止することだ」

 イベントの中で黄色ちゃんを誘惑することに失敗したエリザベータは赤の宝玉をつかって事態をねじ曲げようとする。宝玉は暴走し、その宝玉の光を浴びたエリザベータの部下であるトール・ラグナルは魔人化し主人公たちの前に立ちふさがる。

 その過程で帝国は件の領地の保護を名目に実力行使を行い、王国との全面戦争へと発展する。そして、誤って魔王を召喚してしまう。主人公たちはそれがすべて魔王復活のためのシナリオだったと知るのだった。

 それが、華の学園の後半シナリオだ。

 今現実に行われようとしているのは、兄弟喧嘩の手打ちだった。おそらく魔王になるであろう兄と、隠れ攻略キャラである黄色ちゃんが、仲直りするために双方の関係者が顔をそろえて会談を行う計画だった。

 わたしたちのところにまで情報が漏れてくるくらいだから、秘密会議ではない。神殿や王族といった中立の立場の人たちも招いての和平会議である。

 帝国との戦争が始まるというというシナリオに沿うならば、この交渉は破談にならなければならない。それも取り返しのつかない形で。

「何らかの武力衝突が起こるんだろうな。どちらかの跳ねっ返りが要人を暗殺してしまえばすべてがご破算だ」

「それで、エリザベータがその場に居合わせると」

 その場にいたことで、あることないこと陰謀を企んだことにされてしまうのだろう。実際の陰謀があったかなかったかなどは関係なく、だ。

「エリザベータをなんとしてでも止めるんだ。そうすれば、悪役令嬢としてのシナリオが破綻する。彼女の動向は俺の手下やじいさんたちが監視している。学園内の行動はわからないが、学園から出た行動は補足しているからな」

 本当にチャールズやじいさんたちが味方してくれてよかったと思う。

「それから会談は成功させなければいけない。そうしなければどのみち戦争が起こって何らかの罪でおまえは焼き豚になる」

「戦争が起こってもおこらなくても焼き豚にされそうだな」

 わたしは楽しい冗談を言ったつもりだったが苦い笑いしか漏れなかった。

「トール、君は…」

 どうするのかと聞きたかった。このイベントはどちらにつくか旗幟を明らかにするイベントであると同時にトールの死亡イベントでもある。

 だから、言葉が出てこなかった。

 トールの行動を言葉にしてしまうと、死という現実につながってしまいそうで、恐ろしかった。

 彼が今まで側にいてくれてわたしはどんなに心強かったことだろう。仲間が次々と舞台を降りていくなかで彼の存在はわたしの支えだった。

 彼はわたしの心の中を見透かしたように笑う。

「ウィル、現地にいても王都にいても死ぬときは死ぬんだ。俺の好きにさせてもらうよ。逆に聞いてもいいか? おまえはいったいどうしたいんだ?」

「わたしは…」

 こみ上げてくる思いにわたしは目をつむる。

 冷静になれ。今のわたしにできることはなんだ。

「わたしは、この会談を成功させたい。これが成功すれば、戦争は回避される。だけど残念なことにこのことに関してわたしのできることはほとんどない。部外者だからね。たぶん、どんなにフラグをおっても戦争は起こる。あちらには物語の神がついている。彼らはゲームの状態をどんな手段を使ってでも実現させるだろう。だが、それでも…それでもわたしは」

 わたしはエリザベータを助けたい。

 なぜだろう、そんな言葉を発してしまったのは。

 それを聞いたトールが目を細めて、馬鹿な豚だと、笑った。

「そ、それだけじゃないぞ。わたしは、領民たちも助けたいんだ。あ、あの戦に巻き込まれる人たちをみんな…」わたしは咳払いをしてどこまでもストーカーな性根をごまかす。

「た、たぶんだが、この戦事態は本来起こらなくてもいいものなのだと思う。あれの介入さえなければ、領地争いも起こらないし、おこってもうまく解決できた。そんな気がするんだ。

 う、うん、そうに、決まってる」

「それについては同感だ」トールはドサリと椅子にもたれかかった。「全部あのくそゲーが悪いんだ。それは間違いない。人を使ったり、情報を集めたりするのは俺たちに任せておけよ。気狂い豚にできることなんて限られてるからなぁ。じいさんたちとも話したんだけれど、おまえに是非ともやって欲しい仕事があるんだ」

「な、何かな、それは」わたしは楽しそうなトールの様子に思わず膝を乗り出す。

「それはだな」






「というわけで、わたしは視察に向かうことにした」

 わたしは椅子の上にふんぞり返って、ぎりぎりと歯がみしている嫁の家令を薄目で見つめた。

「この時期にでございますか?」

「そうだ。わたしはいまがいいんだ」

 有無は言わせない。わたしは鼻くそをほじりながら、家令の様子を楽しんだ。

 本来なら、もう何年も前に行っておくべき儀式だった。これは当主としてのわたしの義務なのだ。忠実な部下である家令が反対する道理はない。

「この時期は、季節が悪うございますよ。日差しがきつく、熱射病になるかも…」

「わたしは今がいいといった」わたしは強硬に主張した。

「しかし、ですね。あのあたりには夜盗が出るという噂があります」

 夜盗か、いいな。わたしは内心にやりとする。

「夜盗か、それは怖いな、クラリス」わたしは有能な侍女を甘えるように見上げた。

「そうですね、怖いですね」クラリスが優しくわたしの頭をなでた。目の端で家令がほっとするのが見えた。

「夜盗は怖いな。じゃぁ、軍を呼んでくれ」

「は?」

「だから、護衛として軍隊がほしい」わたしは無邪気にいう。「公爵の道行きなんだぞ。そうだな、千人くらいいるかな?」

「はぁ?」

「できるだろ。そのくらいの兵はいるよね」

 わたしたちの計画はこうだった。儀式を行うためという名目で戦場になるあたりの村へ出かける。そのときに護衛という名目で兵士の一団を連れて行く。ことが起こったときに彼らにこのあたりの村を守らせるのだ。

 なにが、魔王軍に蹂躙されました、だ。

 そんな一言で大切な領民を殺されてたまるものか。

 家令は顔を青くして、退出した。ごめんね。頭のおかしい豚が主で。

 千人というのはもちろん冗談だ。十人でも、二十人でもいい。せめて村の人を逃がす盾になるだけに人数を、というのが本音だ。

 だが、わたしの読みは思い切り外れてしまった。

 わたしの旅には500人の王立軍がついてくることになってしまったのだ。

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