ふと暗闇から抜け出した。
天井が見える。見知らぬ天井だ。
また、見知らぬ天井だ。
前にも似たようなことがあったことがふと頭をよぎった。
あれはどこだったか?見たこともない豪華な作りだった気がする。
今、見えているのは天井といえるのか? 梁というのだろうか。木が渡してある。
体が重かった。重くて、重くて動かせない。意識を抜くと、どこかへ沈み込んでしまいそうだ。
わたしは、何をしているのだろう。
「うぃりあむさま?」なじみのあるような、ないような、そんな音が響いた。
「ウィリアム様、ウィリアム…ああ、よかった」
それはわたしの名前だっただろうか。もうろうとした頭の中でどこか違和感を覚える。
温かい手がそっとわたしのほほに触れて、女の顔がわたしの目の前に広がった。
わたしは彼女を知っている。もうずいぶん前になるかもしれないが、知っていた。
目を閉じて、もう一度開いた。人形姫? 彼女がスチルそのままの姿で動いていた。
「わたしが、わかりますか?」
うなずこうとしたができなかった。返事の代わりにもう一度瞬きをする。
何かが覆い被さってきて驚いた。人形姫がわたしの頭を抱いたのだと気がついたときにはもっと驚いた。
「ほんとうに、よかった。もう、戻ってこられないかと…」
切れ切れの言葉が耳元でささやかれる。
そうだ。わたしは。
ウィリアム・ゴールドバーグだった。
そして彼女の名前はクラリスだ。霧が晴れていくように徐々に記憶が忍び寄ってきた。
そうだ、わたしは、エリザベータを追って…彼女はどうした?
声が出ない。
わたしが何か言おうとしているのに気がついたクラリスは体をおこして、いいたいことを察した。
「エリザベータ様は…申し訳ありません。わからないのです」
彼女は、訥々と話し始めた。
馬が暴走して、馬車がひっくり返ったこと。わたしが谷に落ちたこと。大けがをしたこと。
クラリスが助けを呼びに行ったこと、山男に助けてもらったこと、そして、状況が混乱していて何が起こっているのかわからないこと。
ペナルティーを科すよ…冷酷な宣告がよみがえってきた。仄暗い絶望がじわじわと意識をおかしていく。
なるほど、これがペナルティーか。
怪我という形でわたしの行動を封じ、これ以上シナリオに介入させない。
次のウィリアム・ゴールドバーグに出番まで、このままでいろというわけなのか。
わたしは目の前が暗くなった。
いっそのこと、アカウント停止事故で死亡にでもしてくれればよかったのに。
わたしの傷の治りは遅かった。
クラリスには応急手当や薬の知識はあったが治癒魔法は唱えられなかった。ただ薬で痛みを抑えて、体が自主的に修復されるのを待つしかなかった。
その間クラリスは献身的に看護を続けてくれた。彼女の手当だけがわたしの命をつなぎ止めていたのである。
わたしが運び込まれたのは、山間の小さな村で、普段は人の往来などほとんどないところだった。そんなところにも戦乱を逃れてきたけが人や避難民が何人も流れ着いていた。
わたしの見た白い光はやはり究極魔法だった。その魔法の威力はすさまじく、町を一つ破壊した。わたしたちのいた城はきれいさっぱりと吹き飛び、城下の町は丸焼けになったらしい。多くの平民が着の身着のまま逃げ出した。
あの魔法は対魔王用の最終魔法で、聖女が愛の力を一つにして、一生に一度だけ放てるというご大層な設定がついているものだった。あの魔法を使って全滅しかけたパーティーをよみがえらせる感動の展開となるはずだった。
それがここでは見るも無惨な展開だ。
わたしたちは町から逃げてきた避難民ということになっていた。
他にも同じような人たちが何人も逃げてきていたからだ。多くの人が怪我をしていた。わたしたちは完全に彼らの中に溶け込んでいた。
わたしの意識が戻ったあとに、一時途絶えていた情報も少しずつ噂という形で流れてきた。
町が大規模な敵の魔法攻撃で焼け野原になったこと。帝国が自国民の保護を理由に兵を進めていること。それを迎え撃つイエローリンク家の長子は行方不明で、王軍がかわりに防衛を固めていること。細切れ状態で流れてくる情報はシナリオが順調に進んでいることをうかがわせた。
そんな中わたしのほしい肝心な情報はいつまでも届かなかった。
チャールズはどうしているだろうか? 庭師の師匠たちは? ルイ・イエローリンクは無事なのだろうか? 私を支えてくれた仲間たちのことを考えると焦りが募った。
だが、どこかで行方不明になった豚の消息など外にも内にも流れるはずもなく、ただただ動けないままに放置されていた。
ようやく、チャールズが商人に扮して妹を訪ねてきたのは夏が過ぎるころだった。わたしの体もようやく起き上がれるまでに回復していた。強制ダイエットの成果が現れて、今やわたしは皮だけ残ったやせた豚に変貌していた。
わたしたちはチャールズの無事を喜んだ。彼が無事ということは、ルイ・イエローリンクも無事ということだった。
ルイは魔王にはならなかった。これはうれしい読み違えだった。わたしはあの公子のことを気に入っていた。ラスボスなんて最後に捧げられる生け贄みたいなものでしかない。
今魔王と呼ばれている男は名前を聞いたこともないような小物だった。かわいそうにルイの代役として指名されたのだろう。そんな魔王だから、魔族の侵攻もたいしたことはなく、そもそも魔族がいるのかすらあやしく、むしろイエローリンク領を占領しかねない勢いで攻めてきている帝国軍のほうがやっかいだとチャールズはいっていた。
トールのことは、チャールズはいいにくそうに行方不明とだけ告げた。わたしも淡々とそうか、と応じただけだった。暗黙の了解だった。彼はもうこの世にはいない。町を破壊した魔法の直下にいて、生き残れたはずがない。あの光を見たときからわかっていたことだった。
それから時々わたしたちのところに親・戚・が見舞いに来るようになった。彼らは薬や食料を持ってきた。わたしをここから動かす話が持ち上がっては消えた。帝国軍が下の村までやってきたり、山賊が現れたり、理由は様々だった。
ここは檻なのだ。わたしはそう思った。アレはわたしをここに閉じ込めておきたいのだ。わたしが彼らのシナリオを邪魔しないように、主人公たちの行動を妨げないように。
時間を巻き戻す芸当をやってのけた相手だ。少しばかりこのあたりの状況を悪化させるくらいわけはないだろう。
あるとき、治療師が訪れてわたしの体を診察していった。かなり言葉を濁しながらも、元のようにはならないだろうと告げられた。砕けた骨はきれいに治らなかったのだ。
「時間をかければ、日常の行動はおこなえるとおもいます。しかし…」
彼は言葉を切った。わたしはまたそうか、としか答えられなかった。内心のどうしようもなくどろどろとした思いを表現することができなかった。
いつしかわたしとクラリスは夫婦ということになっていた。
「よかったねぇ、奥さん。旦那さんが歩けるようになって」
初めて杖をついて外に出たとき、そう近所の女が声をかけてきた。
「あんたも幸せもんだよ。こんなにいい奥さんが側にいて」
クラリスは村人の見ていないところで大層恐縮していた。妻など恐れ多いと赤くなっていた。
わたしが、ウィリアム・ゴールドバーグであることは秘密だった。
わたしの周りの誰も口にしなかったが、町では豚公爵に関するひどい噂が流れていたようだ。内容はだいたい推測できる。どうせゴールドバーグが帝国を引き入れたとか、魔王と通じているとかそんな噂なのだろう。もちろん町を破壊したのもわたしの悪行の一つだ。一体どれだけ悪いことをすればいいんだろうね、わたしは。
悪の豚公爵の首には賞金もかかっていたらしい。多くの金目当ての男がわたしを捜しているとチャールズがこぼしていた。もっとも昔の豚公爵を知る人が今のわたしを見ても誰だかわからないと思う。今のわたしは豚ではなく、皮のあまった貧相な男に過ぎない。これでもかと身につけていた装身具はとうの昔に売り払っているし、服もそのあたりの農夫と変わりない。
朝が来て、夜が来て、また朝が来た。日にちだけがむなしく過ぎていった。
もう、今日が何日かを追うのもおっくうだった。
そんな中でも思考はとまらない。
エリザベータはどうしているだろう?
わたしを助けてくれていた人たちは無事だろうか? 豚邸に残してきたダークやその家族、姐さんやアリサちゃんの知り合い、娼館の娘たち。皆無事だろうか?
ここは噂話すら伝えられない、山奥の寒村だ。わたしの知りたい情報はほとんど届かなかった。
わたしは未来を変えることができなかった。何度も何度も機会があったにもかかわらずチャンスをつかむことができなかった。その結果残されたのはわたしだけだ。
いまや、この感情を共有する者はここには一人もいない。
わたしの足と左手はうまく動かせなくなっている。こんな体ではこの村を出て行くこともできない。わたしはこの村に幽閉されているのも同じだった。食肉として出荷されるときまで飼われているだけの豚だ。
それでも、昼間はリハビリに励んだ。杖を使わなくても歩けるように、両手で物を使えるように、自分なりの訓練を繰り返す。懸命に取り組んでいる間は胸を詰まらせる感情を少しは遠ざけておくことができる。
周りも努力するわたしを応援してくれた。
昼間はまだよかった。夜になると、暗闇とともに絶望が忍び寄ってきた。
闇の中でわたしは思う。トールを最後に見たときのことだ。なぜ、彼をあの場に残してしまったのだろう。あそこが彼の最後の舞台であることはわかっていたはずなのに。
彼を一緒に連れ出せばよかったのだろうか?わたしがあの場に残ればよかったのだろうか?
マーガレットさんもそうだ。姐さんやアリサちゃんも、わたしはすくうことができなかった。
何もできなかった。
いや、そもそも何かしたところで助けられたのだろうか?
あがいてはみたものの無慈悲なまでに打ち負かされた。わたしは何もできない。何もできなかった。
ただ一人残った娘、エリザベータに声をかけることすらできなかった。
あそこで踏みとどまっていればエリザベータは救われたかもしれない。今まで彼女が犯した罪はいじめであったり、悪口であったり、放校されることはあっても処刑されるほどの罪ではない。
だが、ここから先は違う。彼女は魔王をよみがえらせる触媒を魔王候補に渡してしまう。ブランドブルグの血縁者に迫られてかの帝国の侵攻を招いてしまう。
今のまま行けば彼女は死ぬ。国を売った女として、悪役令嬢として処刑される。
チャールズたちはあえて触れないようにしているが、彼女が帝国に荷担していることは間違いない。それがこのゲームのシナリオであり、今シナリオは進行し続けているのだ。
エリザベータ。
あの消された時間の中でわたしが言ったことは本心だ。血がつながっていなくても、エリザベータはウィリアム・ゴールドバーグの娘だった。
もしあの時間が続いていたなら、彼女はわたしの話を聞いてくれたかもしれない。あの子は賢い子だ。わたしの考える解決策よりももっと素晴らしいことを思いついただろう。
戦争が起こったり、人が死んだりしない、穏やかな未来への道が開けたかもしれないのだ。
あのときのことを思うと、恐怖と怒りとどうしようもない無力感がわき上がってくる。
わたしが、プレイヤーだから、こんなことがおきてしまった?
わたしが、ゲームをしなければそもそもこんなことはおきなかった?
ゲームとそっくりの世界で、ゲームと同じような進行をする世界で未来におこる情報をつかってはいけなかったのだろうか。よりよい未来を目指すことが反則だなんて、知らなかった。
“わたしたち”のしたこと、しなかったこと、すべてが頭の中で入り交じってわたしを苦しめた。
眠りは浅く、夢見は悪かった。
クラリスが眠り薬を調合してくれたが、効きは悪かった。
毎夜暗闇の中どうしようもない焦りを胸に夜明けを待った。
そして、わたしはついに耐えられなくなった。
限界だった。
「ウィリアム様…」
わたしが寝台から這い出す音が聞こえたのだろうか。部屋の隅で眠っていたはずのクラリスが声をかけてきた。
「止めないでくれ」わたしを寝台に戻そうとするクラリスの手を拒絶した。
「わたしは何もできなかった。無力な豚なんだ。
みんな、死んでいった。止められたかもしれないのに、止められなかった。
カークも、シャークも、トールも。戦争で多くの者が死ぬことがわかっていたのに、それを阻止することができなかった。
エリザベータも死ぬ。あの子が苦しんでいるときに手を貸すことができなかった。いま、破滅しようとしているのに、それを正すことも、守ってやることもできない。声をかけてやることもできない。
クラリス、わたしたちがここの未来をゆがめた。わたしたちの存在は、この世界には毒だ。わたしたちはアレの手先なんだよ。本来あるべき形を壊すために配置された駒なんだ。それがわかっていたのにどうすることもできなかった。アレと戦って負けてしまった。いや、勝負にすらならなかった。どんなにあがいて抜け出そうとしても、所詮アレの手の中で踊っているだけだ。
わたしなど、生きていてもいなくてもかわりがない。舞台で踊るからくり人形なんだ。わたしは…」
言葉が途切れた。
当然唇をふさがれて、わたしは目を白黒させた。それまで浸っていた暗闇が真っ白な空白へと反転した。
「く、クラリス、いったい…」
女がわたしの顔を両手で挟み込んでいた。壊れかけた窓から差し込む光に涙の筋が光っている。
「ウィリアム、あなたはまだ生きているの」女は唇を震わせた。
「あなたは生きて、ここにいる」
そういうと彼女は激しい勢いでわたしをむさぼった。
「だめだ、クラリス、わたしは、汚い豚だから…」
わたしは混乱して彼女を押しのけようとした。彼女の力は強く、しなやかだった。
女はゆっくりと身を起こすと、ゆっくりと立ち上がった。
かすかな衣擦れの音が大きく聞こえた。
「主様、お許しください。なんでもいたします。この婢にお慈悲をくださいませ」
クラリスは歌うように台詞を口にした。白い体が冷たい月光の中に浮かび上がる。
「私に情けをかけてくださいませ」
女の体は温かかった。わたしの抗議は優しい唇で封じられた。
まどろみの中で時間が過ぎていった。短い秋が過ぎ、長い冬がやってきた。変化の少ない村の生活は、淡々とそれでも確実に時を勧めていく。
雪に閉ざされた村はわたしの牢獄でもあり憩いの場でもあった。
時々親・戚・が訪れる以外はクラリスと二人きりの穏やかな日がつづいた。
外界では、戦が起こり、多くの者が犠牲になり、理不尽な暴力が支配していたが、ここは平和だった。
「お隣のご夫婦が、畑を貸してくださるそうよ」
クラリスとわたしは何事もおこっていないかのように、春の予定を話していた。
「兄さんが来たら、種を頼みましょう。このあたりで植える作物はなんなのかしら?」
村の小さな祠から帰ってくると、クラリスが楽しそうに春の予定をたてている。祠に通うことはわたしの日課になっていた。
「わたしに、育てることができるかな?わたしは素人だし、体がこんな具合だから…」
「大丈夫。地母神様の恩恵が強い土地ですもの。精霊のお恵みできっと立派な野菜が育つわ。約束よ。ウィル。野菜を育てて、家畜も飼うの。わたしたち二人だけなら、充分食べていけるわ」
「わかった。春になったら畑を耕す。そして、作物を植える。約束だ」
冬になると戦況が安定したらしい。頻繁にチャールズや師匠、それにダークもたずねてきた。
このあたりからはすでに帝国軍は姿を消していた。魔王はたいした被害もなく聖女とその取り巻きによって倒された。ルイ・イエローリンクの軍勢が旧イエローリンク領の大半を支配下に治め、王国軍と対立していた。この対立は長引きそうだという噂が流れている。
そして、今、国の政治を牛耳っているのは、評議会なる新しい組織だった。「自由・平等・友愛」を標榜しているらしい。あやしい。名前からしてあやしい団体だ。その母体になっているのはかつての友愛会だった。誰がそんなものを作ろうと言い出したのだろう。向こうの歴史に詳しい人間はいなかったのだろうか。
うれしい知らせもあった。ゴールドバーグ領は偶・然・にも駐留していた王国軍によって守られたらしい。ギュスターヴはちゃんと役目を果たしてくれた。少なくともわたしは自領の民は守ることができたようだ。
雪が解け、畑から土がのぞくようになったある晩のことだった。
わたしは異様な気配に目を覚ました。側で寝ていたクラリスも異変に気づいて起き上がる。
「ウィリアム、評議会軍がこちらに向かっている」
チャールズが裏口から飛び込んできたときにはわたしはすでに服を着替えていた。
「評議会軍?」
「そうだ、急げ、奴らの狙いはあんただ。今ならまだ間に合う」
チャールズはクラリスに指示をして逃走の準備を始めた。
ああ、時間が動き出したのだ。わたしは凍結されていた時計の針が進んでいくのを感じた。
豚公爵が豚嫁と逃走するゲームの場面が浮かぶ。
豚嫁すらも切り捨てて逃亡しようとした豚公爵は怒れる民衆に捕まって死亡するのだ。
駄目だ。滑稽な豚嫁の絵がクラリスに置き換わる。このエンディングは駄目だ。
「わたしはいけないよ」
わたしの言葉にチャールズもクラリスも唖然としたようにこちらを見た。
「わたしは無理だ。この足では逃げ切れない」
こちらに近づいてくる荒々しい足音に耳を傾けながらわたしは首を振る。
「大丈夫。わたしたちが守る。約束したでしょう。春になったら野菜を育てようって。家畜も手に入れようって」
すがりついてくるクラリスをぎゅっと抱きしめた。彼女の髪からはとても懐かしいにおいがする。だんだんと大きくなる松明の光に彼女の髪飾りが反射した。
「駄目なんだよ、いまなら、君たちだけなら逃げ切れる。わたしは足手まといになる。わたしと一緒にいれば君たちも巻き込まれる。もう、犠牲者を出すのはごめんなんだよ。それに、」わたしは息を吸い込んだ。
「わたしにはやることがある。やらなければいけないんだ。彼女を連れて行ってくれ。頼む。約束しただろう」これはチャールズに向けての言葉だった。
暗殺者は一瞬動きを止めたかと思うと、クラリスの肩をつかんでわたしから引き離した。
「兄さん、駄目よ」
叫ぶ彼女を無言のまま押さえつけて裏口に向かった。
わたしは表の扉を見つめた。彼らはすぐそこまで来ている。
時間がほしい。
わたしはなるべく急いで扉のところに行った。
扉に手を当てて一息ついてから、蹴り破られる寸前の扉を開けた。
「何事だ。騒がしい」
わたしの低めの声はよく通った。外の集団が面白いように動きを止めた。
「わ、我々は王国評議会軍のものだ」
幼い甲高い声がどもりながら呼びかけた。
子供か? 松明の明かりの向こうにずらりと兵士らしき者が並んでいる。皆兜で顔を隠しているので、誰が誰だかさっぱりわからない。
「ここに、悪辣な豚ことウィリアム・ゴールドバーグが潜んでいるという情報が入った。中を改めさせてもらいたい・・・でいいんだよね?」
ひときわ小さめの兵士が後ろの兵士に同意を求める。
「わたしが、ウィリアム・ゴールドバーグだが、何か用か」
わたしは努めて平静に名乗った。兵士たちは虚を突かれたようにわたしをみている。
「え? これが、ウィリアム・ゴールドバーグ? 豚公爵?」
灯りを突きつけられてわたしは顔をしかめた。
まだだ、なんとかして時間稼ぎをするんだ。
「は、犯罪者をかばうと、かばった者も罪に問われるんだぞ」
ざわつく兵士たちの中で先ほどの子供が胸を反らした。
「わかっているんだろうな」
「だから、わたしがウィリアム・ゴールドバーグだといっている」
困惑が兵士たちの間で広がった。
ざわつく兵士たちが道を空けると、一人の男が進み出た。並み居る兵士たちの中でただ一人だけ王国軍の士官用鎧を着ている。
男の能面のような顔が松明に照らされた。ギュスターブ・ラネイ。
彼とわたしの目が合った。
「やぁ、ギュスターブ殿。久方ぶりだね」
わたしは柔らかく挨拶をした。
「村を守ってくれたそうだね。ありがとう。感謝している」
ギュスターブは口を引き結んでうなずいた。