豚の矜持31 訪問者

 塔での生活は単調で変化のないものだった。 

 わたしはとても退屈していた。

 豚邸での生活再び、だ。

 違いがあるとしたら部屋の内装だろうか。

 わたしの閉じ込められている部屋には何もなかった。粗末な寝台もどきと壊れかけた机と椅子。それだけだ。

 食事は日に二回、扉についた小さな扉から差し入れられる。

 あとは決まった時間に巡回の兵が上ののぞき窓から中を確認する。

 それ以外誰も訪れなかった。

 ただ時間だけが過ぎていく。

 もう考えたり思い悩んだりする材料も残っていなかった。使命を果たしたあとのような奇妙な空白の時間が訪れている。

 何もかもがどうでもよくなっていた。食って寝て、食って寝て。引きこもり生活、万歳。

 あの裁判以降わたしはまた怠惰な豚に逆戻りしていた。

 今のわたしは死んでいるに等しい存在だ。

 おまえはすでに死んでいる…三秒後には爆発だ。

 シナリオは最終局面で、残すイベントはわたしの華々しい退場だけである。そのあとに幸せなカップルのムービーが流れてジ・エンド。

 焼き豚というのはぞっとする死に方だと以前は考えていたけれど、そういう死に方をすると告げられても心が動かなかった。それが、豚公爵の定番の死に方だったから。ぼんやりと壁を見つめているうちに、音を聞いたような気がした。

幻聴ではない。誰かの足音だ。

 決まった時間以外に足音を聞くのは久しぶりだった。

 一人、二人…複数の足音が近づいてくる。

 誰かがわたしの部屋の前に立ち止まる。続いて、扉本体の鍵を開ける音。その音を聞くのは久しぶりだった。

 扉が開くと、騎士とおぼしき大柄な男がはいってきてわたしをにらみつけた。わたしは寝台に腰掛けて無表情に彼を見返す。挨拶をするべきかな。

 彼の後ろから現れたのはよく知っている男だった。ゲームの中で、の話だけど。

「初めまして、ウィリアム・ゴールドバーグ殿。わたしの名前はリード・ヴィオラ」

 男はわたしに名乗った。わたしはうなずいた。

「ああ、裁判の時にひな壇に座っていた人だね。初めまして。リード・ヴィオラ殿。現宰相の息子にして、王子の腹心の部下。学年首席で卒業。学園の生徒達からは“紫の君”と呼ばれていた」

 リードは眼鏡をくいと上げる。ゲームそのままの癖だ。

「二人だけにしろ」リードは椅子を用意している護衛に振り向きもせずに命じた。

「しかし、リード様。このような男と二人きりなど危険です」護衛は抗議する。

「いいから、二人だけにしてくれ」

 リードの強い要請に護衛は渋々と引き下がる。

 最後にこちらをもう一度脅すようににらんでから扉を閉めた。初対面の人をにらむなんて失礼な奴だ。

「処刑の日時が決まったんだな」

 ゆったりと椅子に腰掛けたリードにわたしは聞いた。

「…ああ、明後日の正午だ。どうしてそうだとわかる?」

 わたしは肩をすくめた。

「君がわたしに会いに来ることができたからだ。わたしの死が定まらない間はこうして話すことはできなかったはずだ」

 リードは椅子に優雅に腰掛けてこちらをいぶかしげに見つめた。彼は熱烈なファンから“紫の君”と呼ばれていた。成績優秀で次代の作戦参謀。とても頭がいいという設定だった。どこかの豚とは違うよ。

「なぜ、あんなことをしたんだ?」

 しばらくして彼は前置きもせずに聞いてくる。

「あんなこととは、どんなことだ。」

「あの、裁判のことだ。なぜ、あんな話をしたんだ?」

「ああ、あれか。なかなかの演説だっただろう? 気に入ってもらえたかな。頑張って考えていったのだがね」

「…なぜあんなことをいった? あれではすべてのことをあなたがやったととられても仕方がない」

「嘘は言っていない。物・語・の話を話して聞かせただけだ。楽しい話だっただろう」

「楽しくなんかない。ただのクソゲームのあらすじをそのまま話しただけだろう」

 リードは吐き捨てた。おや、彼は「華学」のファンではなかったのだろうか。あのゲームがクソゲーなことはわたしも同感なのだけれど。

「脚本を書くほどの文才はないんだよ。想像力がなくてね。

 それとも、芝居がひどかったのかな。演技力がないのは認める。へたくそなのは勘弁してくれ」

 リードは首を振った。

「やりすぎだ。あの話を本気にした連中があのあと荒れて暴動が起きたんだぞ」

「すまなかったよ。暴動まで起こすつもりはなかった。調子に乗ってあおりすぎたかな。あのあと大変だったみたいだな。兵士がこぼしていたぞ。町で暴徒が暴れたとかなんとか」

「そんなことはどうでもいい」リードはいらただしげに首を振る「なぜ、してもいないことをしたといったのだ?」

「だから、わたしはただ、物語の話を…」

「あれが作り話であるとわかるのは、”仲間”だけだ。

 あなたがあんなことができる状態でなかったことはわかっている。わざわざ自分の悪い噂を補強するような真似をして悪役ぶる必要があるのか?

 民は、ここの人たちは、あなたが話した荒唐無稽な悪徳貴族の物語を信じてしまった。

 貴族達が皆あなたの同類であるかのように感じている。彼らは何人もの貴族を襲った。中には邸を放火されたものまでいる」

 リードは不快感を隠そうともしなかった。

「わたしがやってもいないことを話したというけれどね。

 では、なぜわたしを裁判になどかけた? 結論が決まっているインチキ裁判に。

 そうする必要があったから、だろう? 

 わたしはシナリオ通りに動いただけだ。わたしが何をしようが、しまいが、君たちがそうだというのならそうなるんだ。違うかな」

 そうあの商人がいっていたな。わたしはルーシー・マーチャントのことを思い出した。あのチュートリアルキャラクターはどこで何をしているのだろう。そもそも彼は存在したのだろうか? あれはわたしの見た幻だったのだろうか?

「それでいいのか? あなたはやってもいない罪で処刑されるんだぞ」

「どのみち私は死ぬ。どう転ぼうと結果は変わらない」

 わたしの態度を不遜だと思ったのだろうか、リードは不快そうに眉をひそめる。

「だが、こうなる結末を知っていたのなら、裁判を受けないということもできただろう。なぜ、あの場に現れることを選んだんだ? どうして命を無駄にするようなことをする?」

 命は大切に。

 命は地球よりも重い、といったのは誰だっただろう。

 ここでは違う。ここで何よりも大切なのはシナリオだ。

「わたしにとれる道はそれしかなかった。

 わたしはシナリオに従って裁判を受け、自分を弁護し、あの子を罵倒しなければならなかった。

 彼女の修道院送りのフラグを立てなければならなかった。それだけが彼女を処刑から救う方法だ。

 わたしはただエリザベータを助けたかっただけなんだ」

 わたしは淡々と告白する。「もうわたしにはそれしか思いつかなかった」

「エリザベータ? 悪役令嬢だろう。あなたは彼女がどんな人間キャラか知っているはずだ。あんな女のために、命を捨てるのか」リードはなぜかいらだっているようだった。

「あの女はあなたが思っているような人間ではない。ゲームの中のエリザベータよりもずっと冷酷な女だ。シナリオの何倍もひどいことを平気でやった女なんだぞ」

 目の前の男はエリザベータに個人的な恨みでもあるのだろうか。確かに紫の君ルートは一歩間違えばエリザベータ女王様シナリオだったな。ずいぶん彼はいたい目に遭ったらしい。お気の毒に。

 わたしの耳にエリザベータの残酷な笑いがよみがえってきた。ここのエリザベータなら、物語以上のことをやったのかもしれない。この残酷な世界が彼女に教えてきたように。

 だが、それでも。

 わたしはエリザベータを初めて腕に抱いた日のことを思い出した。

 小さな軽い生き物が眠っていた。思っていたよりもずっと壊れやすくもろい体だった。

 わたしの娘だ。

 授かると思っていなかった次の世代への希望がそこにいた。こんなわたしでも何かが生み出せるのだと、はぐくめるのだとわかった瞬間だった。

 あの瞬間がたとえ偽りであったとしても、手にした重みと暖かさは本物だった。

 たとえ彼女がわたしの血を引いていないとしても、それでも、エリザベータはわたしの光だった。

「それでも、エリザベータはわたしの娘だよ」わたしはほほえんだ。

「彼女はゲームの登場人物に過ぎない。ただの記号だ。君は命を投げ出すというのか」

「ああ、その対価が必要ならば。それに彼女は記号なんかじゃない。わたしの残せる最上の宝物だ」

 わたしは確信を持ってそう言った。

 リードは椅子から立ち上がった。冷静沈着な人物と評されていたが今は明らかに感情的になっていた。

「わかっているのか? 君は死ぬんだ。明後日には焼かれて灰になるんだぞ。それでいいのか」

「焼き豚になるのは正直勘弁してほしいね。わたしは痛いのは嫌いなんだ。いまからでも頼めばもっと楽な処刑法に変えてくれるのかな?」

 からかったわけではなかった。事実焼き豚なんていやなんだよ。だが、リードはぐっと拳を握りしめた。

「なんでそんなことになったんだ。僕たちが事前にあなたのことを知っていたら別の道もあったのに。

 未来のことはわかっていたのだろう。何がどうなって、どう物事が進むのか、あなたにはわかっていたはずなのに。

 どうしてその死を避けようとしなかった? 自ら裁判に出廷して、わざわざ自白もどきをする前にすることがあっただろう。

 なぜ僕たちに話さなかったんだ? どうして運命にあらがおうとしなかったんだ?」

 わたしは笑った。

 彼はあまりに真剣な顔をしていた。まるで彼が運命を変えることができると信じ切っているかのようだった。

 違う、彼は信じているのだ。

 運命は変えることができる。シナリオは変えることができると。一つずつの選択肢を積み重ねていくことで、よりよい未来をつかみ取れると。

 そうやって彼らは今の結果をつかみ取ってきたつもりなのだろう。実際には彼らは与えられた選択肢を選んでいるだけだ。彼らが選んでいるのは決められたルートであって、大本のシナリオからはずれていない。

 バッドエンドを避け、グッドエンディングを目指すゲーム。

 先に必ず幸せな未来が待っているとわかっている物語の世界に生きている。

 それに気がついたとき久々に黒い感情がわいてきた。わたしたちにはその選択肢を選ぶことすら許されていなかった。

 わたしたちがどれほどの努力をしたと思っている。

 懸命に話し合い、対策を練り、それでも一人一人欠けていく。

 無念の思いで仲間を見送るしかなかった。

 運命にあらがう? 時間を巻き戻すような相手にどうやって対抗しろというのだ。

 舞台が終わると有無を言わさず退場させる冷酷な興行主にどうやって逆らうのだ。

 彼の無邪気な傲慢さに腹を立てながらも、わたしは、しかし、穏やかに返答した。

「気を悪くしたのなら、失礼。ここ最近聞いた冗談の中で一番面白いものだったからね。

 もちろんわたしたちはいろいろ試したよ。君たちと連絡をとろうとした。会いにもいった。手紙も書いた。わたしからの手紙はそちらに届いていなかったのかい?」

 リードは、それを聞いて小さくああと声を出した。心当たりがあるようだった。

 そうか。何通かは届いていたのか。

 わたしは目をつむった。

 …しろやぎさんからおてがみついた。くろやぎさんたらよまずにたべた…

 童謡の一説が頭をよぎる。

「他の手段があったはずだ」リードは自分に言い聞かせるように言い張った。

「何か、回避するための方策が」

 あったかもしれない。誰か頭のいい人がいたら、抜け道を探せたかもしれない。

 わたしは何度も繰り返してきた自問自答をまた繰り返す。

 わたしにはわからなかった。

 いろいろ試してみたけれど、わたしたちには抜け道が見つけられなかった。

「そうだね。頭がよければ、見つけられたかもしれないね」

 わたしは君たちほど頭がよくないからね、そういうと、なぜかリードは傷ついたような顔をした。皮肉をいったわけではない。本当にわたしは勉強が不得手だったんだ。

 わたしはふと疑問に思ったことを口にする。

「ひとつきいてもいいだろうか。

 なぜ、君がそんなにわたしのことを気にするのだ。

 わたしと君は今まで顔を合わせたことはないはずだ。 

 悪名高い豚公爵がどうなろうと、何を思おうと、君には関わり合いがないことだと思えるのだがね。知り合いでもない人のことをどうして気にかける?」

 リードは驚いたようにこちらを見た。

「あなたも、わたしたちと同じプレイヤーだろう? ”仲間”じゃないか」

 わたしは彼の言葉をかみしめた。

「そうなのか? わたしがプレイヤーだから、処刑を逃れる方法を探すべきだったというのか。

 では、わたしがプレイヤーでなければ、君はここに来ることもなく、豚公爵を火あぶりにしても何も思わなかったというわけなのか」

 それは何か違う気がするな。プレイヤーだろうが、なかろうが、豚は本当に何もやっていないんだよ。

 リードは反論しなかった。わたしは小さなため息をつく。

「わたしのことを”仲間”として認めてくれたことには感謝するよ。

 互いに連絡が取れなかったことに関しても君が悪いわけではない。

 アレの影響力は強い。君たちも、わたしたちも、そのほかの人たちも、アレに踊らされていることには変わりない。

 どんな手段をつかってもわたしたちと君たちは互いに話すことはできなかったと思う。必ず何らかの妨害がはいる。アレにとって都合が悪いことだからね。

 わたしたちが互いに理解し合ったらシナリオを壊すことにつながるだろう。善玉と悪役が入り交じってしまったら、この物語が成立しない」

 リードは何か言いかけて口を閉じた。

 今の彼と話し合っても、平行線だとわたしは思う。彼にはアレに操られている意識すらなかったのだから。もう少し時間があれば、わかり合えることもあったかもしれない。その時間はないし、彼が理解したころにはわたしはもういない。

「これが慰めになるかどうかはわからないけれど、私の死は避けられないよ。

 君たちが手を下さなくても、誰かがわたしを殺す。何があってもわたしは死ぬ。

 そういうふうに世界はゆがめられているんだ。

 どのみち死ぬのならわたしは最善の死に方を選びたい。

 わたしの死が一つの命をあがなうとしたら、それはいいことだろう」

 リードが初めて見る生き物のようにわたしを見つめていた。踊らされていることを知らずに踊っている操り人形と、大きな力に抵抗できずに踊っている人形のどちらが幸せなのだろうか。

 わたしはうつむいて小さく笑った。

「わたしはここで退場するけれど、君たちの舞台はまだ続く。その舞台がいつまでも楽しい場所であることを祈っているよ」

 よいゲームライフを。

 リードはしばらくわたしの顔を見ていた。

 わたしはあと一つだけ伝えることがあることを思い出した。

「ああ、そうだ。わたしの友人が今度下町で料理店を出すらしい。ブルーウィング公のお墨付きの店だそうだ。機会があったらたずねてみてくれると、うれしい」

 リードは何も言わずに扉を開けて立ち去った。

 精霊の加護がありますように…わたしの挨拶は口の中で消えた。

 もう一人の訪問者が現れたのは夕食の時間だった。

 いつもは扉についている小さな扉が開けられてそこから食事が差し入れられるだけなのに、今日は違った。

 部屋の中を掃除するときのように鍵が回されたのだ。

 いつもの見張りなのだろうか。

 彼はさりげなく部屋に入ると食事のはいった籠を床に置いた。

 あやしんだわたしが寝台から体を起こしたときに彼は外套のフードを下ろした。

「チャールズ」

 わたしは驚いて声を上げた。

「久しぶりだな」

 チャールズは目で笑いかけた。

「どうしてここに。教えてくれ、みんなは無事か? クラリスは? ダークや他の召使い達は? あいつらに何かひどいことをされなかったか? 暴動があったのだろう?」

「みんな無事だ。あんた以外はな。クラリスは安全なところに逃がした。じいさん達は捕まるようなへまはしない。あんたのことを心配していた。ダークや他の連中には強力な後ろ盾がついているからな。新しい職場で楽しくやっているよ。うまくていい店だとすでに評判だ。暴動だって? あんなものたいしたことはない。貴族連中が過剰におびえているだけだ」

「エリザベータは、どうしている。修道院送りになるとは聞いた。だが、心配だ。嫌がらせをされているのではないかな。あの子のことを恨んでいる人間は多いみたいだからね」

「彼女は速攻修道院に送られたよ。ブルーウィング公が手を回した。他の連中がくちばしを突っ込む前にさっさと送り込んだ。あそこは神の領域だ。生半可な手段では手が出せない」

「よかった。それが気がかりだったんだ」わたしは安堵して顔を手で覆った。

「あんたの“予見”ではそうなるはずだったんだろ」

「それはそうだが、不安だった。いつでもそうだよ。見えていた物語とは微妙に違う展開が来るから、ひょっとしたら、と思うんだ。でも、もうこんな思いをするのもこれでおしまいだな」

 チャールズが目を床に落とした。

「話は聞いているのか」

「ああ。明後日だと聞いた」

「…すまない。ここから連れ出してやることはできない。俺たちでいろいろ手を尽くしたのだが…本当にすまない」

「わかっている。この体では無理だ。たとえ逃げたところでアレがわたしが生き残ることを許さない。必ず死ぬ。それに…わたしたちのような存在はいないほうがいいんだ」

 天井近くにある明かり取りの窓からは長い光が差し込んでいた。沈みかけた日の弱々しい光はうつむいたチャールズの顔に陰を作った。

「実は、妹に泣いて頼まれた」チャールズは長い沈黙のあとに口を開いた。

「おまえがただただ処刑されるところなんかみたくない…できるなら自分の手で、あの世に送りたいと」

 だから俺が代わりにおまえを殺しに来た。

 昔はあれほど恐れていた台詞なのに怖いと思わなかった。訥々と話される台詞が、チャールズのためらいが、わたしの心も揺らした。

「そんなことを頼むなんてクラリスらしいな」わたしは無理矢理笑った。「彼女は強いな。わたしだったらとてもそんなことをいえないよ」

 どんなにふまれても芽を出す、強くてしなやかな花だ。どんな場所でも、どんな境遇でも、生きていけるだろう。

「これを飲め。貴人が自害するときに使う薬だ。眠るように死んでいく。証拠も残らない」

 チャールズが懐から小さな瓶を出して渡した。

「ありがとう。感謝するよ。わたしも焼き豚になるのはいやだったんだ。生きたまま調理されるとなれば、なおさらね」

 その白い液体は味がなかった。一気に飲み干して瓶を暗殺者に返す。

「持って行ってくれ。こんなものが転がっていたら不審に思われるからな。あとのことはよろしく頼む」

 チャールズがうなずいた。彼はプロの引き締まった顔をしていた。

「ところで、これは本当に効くんだろうな。丸焼きを作っている間に息を吹き返すなんていやだからな」

「大丈夫だ。品質には問題ない」

 この期に及んでまだそんなことを…とかなんとか言いながらも、チャールズはわたしが寝台に横たわるのを手伝ってくれた。

「みんなに、よろしく伝えてくれ。特にクラリス、彼女には感謝している。約束が守れなくてすまなかったと」わたしは唇をかんだ。

「あいつもわかっている。おまえはよくやった。ゆっくり休め」

 チャールズがいつになく優しい。

「悪いがもう少しだけつきあってくれないか?」

「夜はまだまだ長いからな。たっぷり時間はある」

 何かとりとめのない話を交わしたような気がする。

 気がつかないうちにうとうとしていたようだ。誰かがわたしの手を握っている。

 クラリス…

 目をあけると部屋の中は真っ暗だった。かすかな気配が誰かが寝台に座っていることを教えてくれる。

「ウィル?」

 暗殺者のささやくような声が夢の中から聞こえてきた。

 何か、伝えようと思ったんだ。なんだったかな? エリザベータ、クラリス…

 祠で唱えていた言葉が、ようやく、意味のあるものとしてよみがえってきた。

 巡る季節、巡る命、すべての精霊の営みに感謝と祈りを…

 感謝を。

 いつも、君が側にいてくれた。

 腕が軽くたたかれる。わかっていると、知っていると。

 よかった、安心した。

 体が、重い。これだから、豚は、困る。

 また、ダイエットを、しなくちゃ…

 目が、醒めたら。明日になったら…

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