リードはこのゲームが大嫌いだった。
それなのに、なぜ、こんなクソゲーの世界に転移させられないといけないんだ。
何百回も、何千回もののしり続けているが、書類の山は消えなかった。
「リード様、今日はいつもにまして荒れてますね」部下につけられた“現地人”が机にどさりと書類を置いた。
「それも、これも、あんな豚のことに関わってるから」
うるさい、うるさい…彼はペンを取り上げて嘆願書に署名をした。
豚のところへ行くんじゃなかった。あんな話を聞くんじゃなかった。
ここに来てからはそんな後悔の連続である。
そもそも、彼は「華の学園」のファンでも何でもなかった。
彼の姉が熱烈な信奉者だったのだ。そして、姉は骨の髄まで腐っていた。
姉の興味は、限られたカップルのイベントだけだった。それ以外の、育成とか戦闘とかそういったものは弟の丸投げである。
「いいわよねぇ、緑黄色のカップル」
どこかで大枚をはたいてきた分厚い“薄い本”を愛でながら彼女は彼にこのゲームがいかに素晴らしいかを語り続けた。おかげで、彼の「華学」に対する知識は腐臭にまみれたものとなった。
自分がゲームの中のキャラ、リード・ヴィオラになっていると気がついたときのショックといったら…
あんなことをされて、ああなって、こうなるのか? 考えただけで怖気が走った。あとになってそれは一部のファンの閉じられた世界設定であったことがわかったのだけど。
学園の“仲間”たちは彼のことを運がいいという。
イケメンで、金持ち。親は有名人。本人も秀才との呼び声が高い。その人物になることができて、どこが不満なのかと。
「俺なんかモブだぜ、モブ」
“仲間”うちで一番仲良くなった男は同級生Bだった。彼にはゲームでつけられる名前さえないという。
「おまえはラッキーだよ。なんといっても“紫の君”だぜ」
姉が垂れ流す腐海の情報に浸っていた彼にはこれは何かのたたりとしか思えなかった。
姉のちらつかせたはした金に目がくらんだ自分を何度責めたことか。
当然のことながらこのゲームに熱意も愛情もなかった彼にイベント攻略知識はなかった。最初のころ地雷をふみまくった。悪役令嬢エリザベータ・ゴールドバーグにいいように翻弄され、恥ずかしい思いをしたことが何回あることか。命の危険にさらされたこともある。
「どうして簡単にはまっちゃうかな、リードちゃん」主人公ヒロインは心も体もずたぼろになった彼を見て首をかしげた。「気をつけないとバッドエンドまっしぐらよ」
“仲間”の助けがなければ、イベントを乗り越えられなかった。彼らの豊富な攻略情報がなければ、今頃彼はエリザベータ女王の下僕Aとなっていたことだろう。下僕Aとなったリードの物語を”仲間”から聞いた時、心底このエンディングに進まなくてよかったと思った。
そもそもリード・ヴィエラなる人物、冷静沈着な貴公子でも何でもなかった。彼の父親は宰相だったが、とても小心な男だった。そんな夫に愛想を尽かした妻は愛人を囲っていた。それでも表面を取り繕うために仲良く夫婦でお出かけをするふりをする。そんな両親が子供達のことをかまうはずもなく、リードは横暴な兄や姉にいじめられ放題だった。
勉強も好きでしていたわけではない。勉強していれば、余計な手出しをされないとわかったから、そちらに逃げていただけである。
所詮“僕たち”は小物なんだよね。彼はいつも鏡を見てため息をついていた。
ほかの“仲間”達とは違うよ。
”仲間”はとてもよくこの世界のことを知っていた。リードのことも彼以上によくわかっていた。彼のファンだったという女子Aは彼の好みから、性癖の細かいところまで熟知していた。そんな彼女をちょっとこわいとおもったのは秘密だ。
彼らの行動は考え尽くされた物だった。どうやれば悪役令嬢に絡まれずにすむのか、無事にバッドエンドを切り抜けられるのか、熟慮して堂々と行動していた。こちらに転移して、この世界に慣れずに縮こまっているリードとは全然違う。
“仲間”は親切だった。何も知らない彼にイベント情報や、フラグの立て方、折り方を教えてくれた。いつしか彼はここの世界の住人よりも“仲間”を頼るようになっていた。
今の彼にとっては“仲間”はこの世界で唯一心許せる存在である。
「こんな世界いやだよね。早く、こんなゲーム抜けられないかな」
こんな愚痴がこぼせるのも、“仲間”であればこそ。外でこんなことをいおうものならなにをいわれるかわかったものではない。
この世界は過酷だ。一度町に遊びに行ったことがある。不用意に下町に足を踏み入れたリードはその有様を見てショックを受けた。くさい、きたない、気味が悪い。身分差があることは知っていたが、ここまでひどい生活をしている人がいるとは思わなかった。ここは遊びに来るようなところではない。リードは身ぐるみはがされて、それを悟った。もう二度と遊びになんか行かないと心に誓った。
帰りたい。こんな世界、早くおさらばしたい。
それはリードの願望となった。
同じ志を抱く人たちとともに、バッドエンドを避ける最低限のイベントをこなし、あとは波を立てずに静かにくらそう。そして、いつか、みんなで帰る道を捜すんだ。
そのための、“仲間”。彼にとっては特別な存在なのだ。
リードは主要攻略対象というだけで王子派閥の書記をしていた。彼らが「友愛会」にのめり込んだせいで、リードも自動的に「友愛会」の書記を務めることになった。
なまじリードがそういうことが得意だったから、仕事は増えていった。書記といえば聞こえはいいけれど、実質的には事務、雑用係だった。面倒なゲームのイベント攻略は他のメンバーにお任せした。そのときはその方が楽だと思ったのだけれど。
今になって思う。これが書類地獄の始まりだったと。
戦争が始まると、「友愛会」は「評議会」に変わった。名前は変わったが、そこでもリードは事務仕事を押しつけられている。
なんで僕はこんなことばかりやっているんだ。
まだ、姉のゲームの手伝いをしている方がましかもしれない。
リードは彼の世界に行く方法を図書館で調べることもできずにいらいらしていた。
宰相である父は王宮の仕事も手伝えと行ってくる。無茶を言うなといいたい。ブラック企業を二つ掛け持つようなものではないか。
書類の書き方も知らない軍や文字も読めない部下を相手にリードはいつもきりきりしていた。
ただ、“仲間”と向こうのことを話すときだけが、癒しだった。
「はーい、リード様。また新しい申請書ですよ」どうでもいい書類がドサリと机におかれた。
「おまえ、僕を殺す気なのか」彼はうめく。
「豚の処刑延期に関する嘆願書の件はどうなった?」
部下は露骨にいやな顔をした。
「この忙しいときにそんなことで時間をつぶすのはやめましょうよ。そんなことをしても無駄ですよ、無駄。今さらどうするんですか? 無理だってわかってるくせに」
「うるさい、僕はあの裁判が気に入らないだけなんだ」
冤罪…そんな単語が目の前で踊っている。
豚の裁判に興味はなかった。裁かれるのは、あの、エリザベータの父である。そんなやつがどうなろうとかまわなかった。噂ではとても醜い豚人間らしい。そんなものをわざわざ時間を割いて見に行く必要はないと思っていた。
それでも、参加したのは評議員だからと強制されたからだ。隅のほうでよかったのに、ひな壇に座らされたリードは下を向いて難しい顔をしている振りをして半分寝ていた。連日の仕事でくたびれていたのだ。
そこに豚が連れてこられた。彼は豚公爵をみるのはこれが初めてだった。
なんで、こんな男が豚公爵? 噂では、肉の化け物のような男だということだったが。
目の前にいる男はずいぶんやせていた。余分な肉など一切ない。明らかに栄養が足りていない。その辺の貧民街にでもいそうな体つきだ。こんな貧相な男が豚公爵?
「これ、本物なのか」おもわず、周りに耳打ちをしてしまう。
「本物だろうが、なかろうが、いいんだよ」
隣にいたヘンリー・イエローリンクが仏頂面で答えた。最近ヘンリーは人が変わったように不機嫌でいることが多い。彼の領地になる予定だった土地が他の人に占拠されていることが問題なのだろうか。
「でも、それってまずいんじゃないかな。無実の人を殺すってことだろ」
「そんなに気になるのなら、君のスキルを使えばいいじゃないか」いらいらとヘンリーは体を揺すった。
そう、リードは鑑定スキルを持っていた。
相手のレベルや職業、スキルなどが見えてしまうあれだ。
向こうでゲームをさせられているときはダンジョン攻略でお世話になっていたスキルだった。今のリードはそういうものを持っていることを忘れがちだ。最近の彼の相手は書類の山なのだ。無生物にスキルは反応しない。
ウィリアム・ゴールドバーグ**********************
なんだ、こいつ?
名前はわかるが、職業、能力、スキル、一切不明。
文字化けしたように表示がゆがんで見えない。
「うーん、名前はゴールドバーグだな。他は文字化けしてる」正直に伝えた。
「それならいいじゃないか。そいつが豚公爵だよ」と不機嫌に目をそらされた。
いいのだろうか。本当に?
ウィリアム・ゴールドバーグと表示された男はとても落ち着いていた。これから弾劾裁判で裁かれる人とは思えない。
彼は足を引きずりながらゆっくりと会場を横切り、被告人に与えられた席についた。
周りを眺めた豚と目が合ったような気がした。知り合いでも探しているのだろうか。
豚は告発されているあいだ、ずっと静かに座っていた。あまりに静かなので、そこにいることを忘れるくらいだ。悪の親玉という触れ込みは誇大だったのだろうか。横でわめき散らしている豚女のほうがよほど悪役らしい。
裁判自体はまるで劇でも見ているかのようだった。証人が大げさな動作で主張をのべる。それを裁判官が聞く。まるでむこうで売れていた子供向け裁判ゲームのようだ。
証人達の話は嘘くさい。証言のどれも適当すぎる。突っ込めるところしかない。
そこは異議ありでしょ、と思ったら、被告人には弁護士はつけられていなかった。
なに? これは本当に裁判なのか?
「なぁ、これ本当に裁判なのか? まじめに裁く気があるのかな」
「裁く何も、最初から判決は決まってるだろう。死刑だよ、死刑」
当たり前のようにいわれてリードは目をむいた。
「最初から決まってるって…証拠調べもなしに?」
「豚は処刑する。前から決まっているだろ」
「……」
そうこうしているうちに、豚の演説が始まった。
リードは豚公爵は自分はやっていないというのだと思っていた。自分は無実だと叫んで涙を流すのだ。確かそういうイベントがあると前に聞いていた。
実際そういう言葉から豚は話し始めたので、おまえは外道だとののしられたときには何が起こっているのかわからなくなった。これは豚の裁判のはずだ。なのに自分が裁かれているような、糾弾されているような気がするのはなんだ?
男の選んだ言葉は明らかに“仲間”にはわかる言葉だった。彼は堂々と“転生者”を非難していた。彼らは無実の罪で彼を告発していると。彼らのもってきた証拠はすべて偽物だと。
胸に突き刺さった。本当にそうだと思った。僕たちはここで何をしているのだろう。
豚は娘のエリザベータをののしり、庶民をクズ呼ばわりし、そして、「華学」のシナリオを話し始めた。“仲間”ならすぐにわかっただろう。彼の話していることがすべてゲームの中の出来事だということに。
彼も“仲間”なのか?
リードは目の前で独演会を続ける男を見つめた。彼も“仲間”だったのか?
そんなことはあり得ない。“仲間”なら、リードのことを彼は知っているはずだ。リードだけではない。第二王子や主人公、そのほかの登場人物。
それなのになぜなにもいってこないのだ。連絡を取ってこなかった?
このあと処刑エンドが待っているというのに、どうして自らの罪を認めるような真似をする?
なぜ、破滅の道を選ぶ?
いくつもの疑問が頭をよぎる。彼はそのとき聞くべきだった。あなたも“転生者”なのかと。
ただそのときは豚の独演にのまれていた。それはそこに居合わせたもの全員だったと思う。舞台の名優の演技に吸い寄せられるように、目が離せなかった。
今この場で裁かれているのは“仲間”だ。
僕たちは“仲間”を殺そうとしている。
冷たい認識が徐々にせり上がってくる。
僕たちはプレイヤーを殺そうとしている。
彼は“仲間”と一緒にこの狂ったゲームの世界を抜け出すために努力してきたつもりだった。バッドエンドのフラグをつぶし、みんなが生きて無事に帰れるようにと、そのルートをとってきたはずだった。
まさか、他にも“仲間”がいたなんて。
豚はどこで何をしていたのだろう。みんな彼が”仲間”だと気がついていないのだろうか。
”仲間”を処刑?
みんなで帰るために、誰一人死なずにこのゲームをクリアーしようと、そうして努力してきたのではなかったのか。
暴動のあと、混乱する中でリードは豚の処刑を止めようとした。
無理だった。それまで彼の攻略を手伝ってくれていた“仲間”たちが急に冷たい対応を取り始めた。
みんな豚公爵が処刑されるのは妥当だと思っていた。当然のことだといったものもいる。他の攻略対象者たちはみんな豚の処刑を歓迎していた。
おかしいよね。彼は、本当に罪を犯したのか?
証言はあった。噂はあった。でも、本当に豚がやったのかな。
彼一人に罪を負わせるのはおかしいんじゃないかな。
リードはいろいろ調べて見た。結果は豚は限りなく白だった。
誰かが豚に罪を着せている。豚が裁かれて処刑されることで利益を得るものがたくさんいる。
リードは豚本人に話を聞こうとした。だが、その機会はなかなか訪れず、彼が豚に会うことができたのは豚が処刑されることが決まったあとだった。
僕は何を期待していたのだろう。
今、リードは繰り返し思い返している。
彼は何を期待してあの場所に行ったのだろう。
会ってみてわかった。
豚は前から“仲間”のことを知っていた。
この裁判がどういうもので、その結果どうなるかということも。
すべてわかった上であの行動を選択した。
とてもくだらない理由で。
それでも、彼女はわたしの娘だ。
男は穏やかに、そういった。
彼女のためにあの場所に行って裁きを受けたのだと。
なぜだ。どうして、あの女のことをかばう。あの女のために命を捨てる。
ただのゲームの登場人物に過ぎない女のために。
彼以上の知性を持ちながら、女の武器をつかって人を操る妖女。悪の華だと知りながらも、ほだされてしまう男の心理を熟知した天性の娼婦。
リードを含めた何人もの同級生が彼女の策に翻弄された。
そんな女のために命をかけるというのか。
「なぜ僕たちに話さなかったんだ? どうして運命にあらがおうとしなかったんだ?」
彼としては精一杯の非難の言葉だった。
それを笑われた。最高の冗談を聞いたと皮肉られた。
いくら話しても言葉が届かない。
差しだした手はやんわりと拒絶され、話はかみ合わなかった。
あの男は、自分が死ぬものだと決めつけていた。
…君たちが手を下さなくても、誰かがわたしを殺す。何があってもわたしは死ぬ。
そういうふうに世界はゆがめられているんだ。
豚公爵はさらりと、あたりまえのことであるかのようにそういった。
この世界がゆがんでいるのはわかっている。
無理矢理こちらに連れてこられて、ゲームのキャラとして振る舞わなければならなかった。
一歩間違えばバッドエンド。
でも、“仲間”達の協力で切り抜けることができた。”仲間”のおかげで。
だが、その裏で“仲間”を見殺しにしてきた・・・
そんなことはない。彼は書類に強くペンを押しつけた。
僕たちは、そんなことはしていない。みんなで助け合ってここまでやってきた。逸脱はあったけれど、おおむね順調だ。そのはずだった。
豚から届いていた手紙のことが頭をかすめる。
指摘されるまで、彼はそのことをきれいに忘れていた。
不幸の手紙がまた届いたよ、と“仲間”と笑い合ったことも、取り次がないように召使いに命じたことも。
その手紙には何が書いてあったのだろう。
…うわぁ、豚が会いたいっていってきてるよ。気味が悪いなぁ。おまえのところにも来てない?
手紙を読んだ“仲間”の話がよみがえってくる。
わたしたちは君たちと連絡を取ろうとした…わたした・ち・は…
「リード。豚の処刑の延期を進言したんだって? 」
同じ“仲間”である緑教師が声をかけてきた。
「“仲間”ねぇ。あの豚が? 信じられないなぁ。うん? 豚の演説を聴いたらわかるって? わたしは裁判なんて行かなかったよ。あんな阿呆らしいイベント見る気もしなかったからね。え? 本人に会ってきたって?」
教師は優雅に茶をすする。
「よくあんなところ行ったなぁ。で、豚は”転生者”だと認めたのか? 彼の本名は? 出身は?
きいてないの? それじゃぁ、本当のことかどうかわからないな。誰かから話を聞いて適当にいっているだけじゃないのか」
教師は全然まともに話を取り合ってくれなかった。彼がこんなに焦っているのに、協力する態度すら見せない。
「処刑の延期は難しいと思うぞ。豚を焼きたがっている奴は多い。何しろあんなことを公然と言ってしまったから」
教師のいうとおりだった。誰一人としてリードの話を聞こうとしなかった。
「俺の親父もうるさいんだよ」青騎士も話題に口を出してくる。
「豚は王家の血を引くから流刑に減刑するべきだ、とかなんとか。そんなことをしたら評議会の面子が丸つぶれになるからできないっていうのに。それならせめて自害を認めるべきだとかいうんだ」
俺も残虐なショーは見たくないんだけどなぁ、と青騎士は付け加える。
「だが、あいつは“転生者”だ。“仲間”なんだよ」
「だから、それがどうしたというんだ。“転生者”でも、なんでも、攻撃してきたら敵だろう。
あいつはゴールドバーグだ。豚公爵だ。敵なんだよ」
青騎士は激しくでリードの主張を否定する。
「でも、あの豚公爵は悪いことを何もやっていないだろう。証拠は何一つとしてな…」
「あいつは自分がやったといったんだ。自白したんだよ。それで充分だろう」
ものすごい剣幕で怒られて、リードは口をつぐんだ。豚はただゲームのシナリオを垂れ流しただけだとはいえなかった。
青騎士も変わった。以前はリードと一緒に故郷に帰ろうと、話していたのに。
“仲間”の誰一人欠けることなく、帰ろうといっていたのに。
みんな変わっていく。彼は取り残されたような気がしていた。
みえていなかったものが見えてくる。
何かが崩れていく。
彼はまた一つ書類を片付けようとした。
嘆願書だった。豚の処刑中止を望む声?
見たこともない書類だった。どこかの町の神官が書いたものらしい。
なぜ今頃こんなものが出てくるんだ。
彼は頭を抱えた。
「評議員、大変です」そこへ召使いが駆け込んできた。
「なんだ。わたしは今仕事中だ」
仕事中は邪魔をするなといっていたはずだ、と叱責しようとして、言葉を止めた。
「豚公爵が死にました」
「なんだって?」
リードは椅子を蹴って立ち上がる。
「刺し殺されたのか?」
「いえ、寝台で死んでいたそうです。詳しいことはわかりませんが」
わたしの死は避けられないよ。君たちが手を下さなくても、誰かがわたしを殺す。
予言めいた豚の言葉を思い出す。書類を握る手が震えた。
そういうふうに世界はゆがめられているんだ。
あの男の柔らかい声が頭から離れなかった