豚の矜持15 舞踏会への誘い

豚邸はしばらくお通夜のような空気が漂っていた。

 いや、実際に遺体がおかれていたのだからお通夜なのだけれど。

 カークのなかにいるアリサちゃんはずっと泣いていた。カーク自身も仲良くしていたシャークの死にショックを受けたらしく、心の中に閉じこもっていてでてこない。よって、シャークの顔は涙でぐしゃぐしゃなままだ。

「嘘だろ…ありえない。あのイベントは村でおこるはずだ」

 マーガレットさんはショックのあまり男言葉になっている。

 いつも音頭をとって動いてくれるトールはだんまりを決め込んでいる。

 もちろんわたしも考えていることは一つ。

 どうしてこんなことになった?

 イベントは“村”でおこるはずだ。それが王都で刺し殺されるなんて。

 それもシャークの死という結果だけが同じで、彼は女を襲ったわけではない。むしろ知り合いの女を助けたのだという。まるで彼を殺すためだけにイベントが起きたかのようだ。

 なに? この理不尽さは?

 亡骸の安置されている部屋には、シャークの兄弟を自称する浮浪児や娼婦、チンピラどもが詰めかけていた。外で騒いでいたので、仕方なく館の中に入れたのだ。みんな、一様に涙を流している。

 意外にも彼は人望があったみたいだ。

「どうするんですか、この人たち」と、クラリス。

 一応シャークはうちで雇っていたことになっているから、残された家族の面倒は見なければいけないのだろうか? しかし、どう見ても血がつながっていると思えない風体のものたちだ。ひょっとして、自称家族という関係だろうか。

 結局、シャークの葬式はゴールドバーグ家で行われることになった。

 使用人の葬式だからお抱えの司祭を呼んで密やかに執り行われる。

 残された家族の面倒もこちらが見ることになった。トールとマーガレットさんがそのあたりは仕切った。

「彼はわたしたちの生活を心配してました」かわいい顔をした赤毛の娼婦が化粧の崩れた顔ですすり泣いていた。「せっかくいいところの仕事を手に入れたのに」

 シャークの遺体が灰になったあと、第53回目の円卓会議が開かれた。

 いつもうるさいと思っていた女子二人のおしゃべりもなくなってみるとさみしいものだった。

 昔からいる料理人と協力して厨房を取り仕切っているダークが作った軽食も机の上で冷えていく。

「なんで、こんなことになった」

 マーガレットさんがこの日何度も繰り返された言葉をまた口にした。

「その場にいた女がいうには、あとから駆けつけたのは青い髪と紫の髪の騎士ふうのイケメンだったらしい」トールが淡々と説明する。

「それって、攻略対象者じゃないか? “村”でのイベントはどうなってるんだ?」

「どうやら途中で不死教団の調査とやらでぬけたらしい。ダンジョンの調査が思いのほか順調で彼らは早く切り上げたみたいだな」

「そんな、じゃぁ、あそこにいたわたしたちは待ちぼうけを食らったという訳か?」

 変な儀式をして村をまわっている事態ではなかったのかもしれない。

 私が王都にいたら防げた事態なのだろうか。

「“村”にいた連中はメインのキャラじゃなかったからな。メインは王都に戻ってきていたということだろう。彼らはシャークの顔を知っていて、悪人といっていたようだ。モブとか、スチルとか、イベントとか訳のわからない言葉を並べ立てて、関係ないとわかるとそのまま黒服の男たちを追って立ち去ったとか」

「…蒼様は治療スキルを持ってたよね。なんで姐さんを助けてくれなかったの?」

 アリサちゃんが涙に濡れた顔を上げた。

「まぁ、まだ、相手がブルーウィング卿だと決まったわけじゃないから」

「絶対そうでしょ。シナリオで不死教団の捜査に積極的だったのはあの二人だもん。それに、彼らもあたしたちと同じ転生者だよね…どうして、助けてくれなかったんだろ…ひどいよ、ひどすぎる」

 アリサは切れている。

「相手が転生者と決まったわけじゃないだろ」トールは慎重だ。

「ぜったいそうだよ。スチルとか、イベントとか、ここでは絶対に使わないゲーム用語じゃない。同じ転生者を見殺しにしたんだよ、あいつら…」

 アリサは熱狂的な蒼様ことブルーウィングのファンだったはずだ。なのに、今は身内の敵のように口汚くののしっている。愛情が一気に憎しみに反転したというところだろうか。

「ゆるせないよ。蒼様の中にはいってあんなひどいことするなんて」

 あ、そっち方面への恨みですか。

「くそ、くそ、くそ、貴族なんて所詮くそ野郎だ!」

 アリサちゃんは、机を拳で殴った。あー、その机は年代物だったのに。今の行動は怒りを抑えきれないカークの行動か。触らぬ神にたたりなし。へたれな私は荒れ狂う若者を注意できなかった。

「転生者とわかっているのなら、なんとか連絡をつけることはできないのかな」

 わたしは雄叫びを上げて机を殴りつけているカークを横目で見ながらトールに聞いてみた。

「わたしたちも今までいろいろやってきたのよ。おそらく主人公側にも転生したものがいるんじゃないかとは感じていたから」

 カークの切れたチンピラそのものの行動をみて、少し冷静さを取り戻したマーガレットさんが女言葉に戻ってため息をついた。

「でも、なんだかんだと邪魔が入って相手にそれを伝えることができないのよ。手紙が届かなかったり、門前払いを受けたり…」

「あたしなら彼らに会うことができるかも」突然、正気に戻ったアリサが話に割り込んできた。「カークのイベントであるよね。手下であるふりをして、彼らと接触する二重スパイのイベントが。逆にそのイベントを利用して…」

「馬鹿、やめろ」トールが大きな声で遮った。「それは、おまえの死亡イベントじゃないか。そんなわざわざ死亡フラグが立つようなこと、やめろよ。あいつらはおまえの顔を知ってるんだぞ。イベントにそって奴らに会いに行ってみろ。相手はイベントがおこったと思っておまえを殺すぞ」

「じゃぁ、どうすればいいわけ?姐さんは無理矢理イベントもどきを起こされて殺されたよ。避けても同じようなことがおこってあたしも…あたしもどのみち殺されるんじゃないかな」アリサの声は震えていた。「次はイベントの進行から見て、あたしの番なんだよ。

 次は、あたしの…」

「わかっている。わかってるよ。俺たちもそういうことが起こらないようにいろいろ考えようとしている。だけど、頼むから自殺行為だけはやめてくれ。おまえのやろうとしていることは、危険すぎる」

「わたしが手紙を書いてみようか?」わたしがおずおずと申し出た。

「もう何通も手紙は送ってる」トールが感情のない声で答えた。「たぶん、届いてない。届いたとしても読まれていない」

「平民であるトールの手紙は門前払いされたかもしれない。でも、同じ貴族であるわたしからの手紙だったら、ひょっとしたら、読んでくれるかもしれない。ブルーウィング家はゴールドバーグ家と同じ派閥に属していたんだ。現ブルーウィング公は父の盟友だった。わたしも彼の顔は知っている」

「へぇ、それは初耳だな」トールは興味を引かれたようだ。

 それはそうだろう。このことはゲームの中にも設定集にも書かれていない。これはウィリアムの記憶の中にある情報だからだ。

「ゴールドバーグ家もブルーウィング家も王族に連なるこの国を支えてきた一族でね。どちらの家もかなり伝統を重んじる立場にある家なんだよ。わたしの父は宰相を務めていたのだが、そのとき盟約を買わしていたのがブルーウィング公だった。最もわたしが彼に会ったのはわたしがまだ小さい頃だ。当時のわたしは跡継ぎでも何でもなかったから挨拶を交わしたくらいだな。彼のほうでわたしのことを覚えているかどうか。何しろ長い間引きこもりの生活をしていたから、わたしは一切の公式の行事に出席していない。していれば、もっと効率のいい働きかけをすることができたのだが」

 わたしは失われた過去のことを悔やんだ。もう少しわたしが社交界にでていれば、公式な国の仕事に携わっていたなら、事態は変えられたかもしれない。シャークの死は防げたかもしれない。今更いっても仕方がないことなのだが。

「なるほど、だから、おまえは薬漬けになっていたのか」トールはしばらくわたしの顔を見てから納得したようにうなずく。

「? どういうことだ?」

「本来の、ゲームにゆがめられる前のゴールドバーグはゲームのシナリオを変えてしまうくらいの権力や力があったんだろう。だから、最初からハンデをつけて、豚の持っている政治力を行使できない状態に追い込んでおいた。本当に豚が無能なら、ゲーム通りの悪役をやってもらえばよかっただろ。そのゲーム設定をゆがめてまでゴールドバーグの影響力をそいでおきたかったんだろうな、ゲームの神様は」

「そんなの理不尽じゃない? 本来の豚は豚じゃなかったかもしれないってことよね。ひょっとしてまさかのイケメンの豚?」

「それ、豚公爵じゃないし。ただの公爵だし」マーガレットさん、わたしは好きで豚じゃないんだ。

「ねえ、キスしたら、豚の魔法が解けてイケメン公爵に変身するとかあるかしら」

 カークは真剣な目でこちらを見る。「純粋な乙女のキスよ。どう? ためしてみない?」

「やめろ、やけになるな」

 まじめな顔をして迫ってくるカークにわたしは身をすくめた。

 モヒカン頭の男が唇を突き出してこちらに寄ってくるのだ。いやいや、君は乙女じゃないから。中身は乙女かもしれないが、外側は違うから。

 会議のあと、わたしは必死で手紙を書いた。

 思いつく限り手当たり次第にだ。

 病気療養ということで引きこもっていた豚公爵には貴族の友達もいなければ、つてもない。

 それでも昔の友人とか、古いつてをたどって、なんとか転生者とおぼしき攻略者と連絡を取ろうとした。

 もう、気が触れたと思われようが、なんだろうがかまわない。

 すでに街ではわたしが赤毛の女たちをさらって、情婦にしているという噂が流れていた。

 いくらなんでも噂になるには早すぎるだろう。この世界でも有名人に張り付いている週刊誌の記者がいるというのか。

「…届けることは届ける…」クラリスの兄であるチャールズが渋い顔でインクの乾いていない手紙を受け取った。「だが、中身が読まれるかは保証しない。何しろ豚公爵からの手紙だからな。受け取ってもらえるだけありがたいかもしれん」

 わたしの手紙は不幸の手紙かよ? クラリスやマーガレットに手伝ってもらって格調高い文面にしたつもりなんだが。

「そんなにひどい噂が流れているのか?」

「う、ま、まぁな」チャールズは明後日の方を見つめた。

 手紙が駄目なら直接会うのを狙うしかない。

 わたしは手紙作戦を続ける傍ら、庭師のバイトにも精力的に取り組むことにした。

 しかし、これまた、空振りが続く。

 攻略者はおろか、わたしの娘のエリザベータにすら会えないのだ。

 遙か遠くの回廊に美しい銀色の髪がひらめくのは何回か見た。あれほどの見事な髪を持つものはわたしの娘以外にいないはず。

 息を切らして、その場に忍んでいくと、もう姿形も見えない。

 避けられているのだろうか。避けられてるよね。絶対に…

 そのことを考えるとわたしの胸の奥がしゅんとしぼむ。

 確かにデブで醜い豚だよ。だけど、血を分けた父親じゃないか。少しくらいあってくれてもいいと思う。

 いいこともあった。

 カークが女の子とつきあい始めたのだ。

 お相手はなんと“村”から連れて帰ってきた女だった。

 蓼食う虫もなんとやら、人の好みというのはわからないものだ。

 中にいるアリサは気にしていないのだろうか。

 本人に尋ねたところ、カークと女の子が一緒にいるときは表には出てこないようにしているという答えが返ってきた。

「カークもショックだったのよ。わたしも落ち込んでたし。でも、彼女とつきあうようになってから、生きる気力がもりもりというか、なんというかなのよ。彼が元気だとわたしも気力をもらえるのね。だから、まぁね。所詮わたしは居候の身でしょ」

 時々はアドバイスもしているのよ、とアリサはいう。

「やはり小物だけあって趣味が悪いのね。女の子のことがちっともわかっていないの。だから影でこっそり女の子の気持ちを教えてあげてるの」

 うふふ、と女の子らしく笑うモヒカン男にも慣れてきた。

 そう、人間いろいろな環境に適応できるものだ。

 最初ウィリアムは、育ちのいいお坊ちゃまらしく出自のわからないものたちが豚邸にはいるのをいやがっていた。でも最近では引き取ったメイド見習いたちが右往左往する廊下になれた。彼女たちしか、部屋を掃除をしてくれる人がいないからだ。

 頭の線が外れているときは気にしていなかった埃も、正気に戻った今は気になるのだ。足跡が残るくらい綿埃の積もった部屋はいやだよね。

 邸に平民が入り込み、子供たちが庭木をぐちゃぐちゃにしていくのにも慣れた。

 一番暖かい部屋を老婆と赤子に占領され、食堂が学校のカフェテリアのように騒がしくなったのにも慣れた。

 こういう状態を活気に満ちている、とでも表現するんだろう。わたしにはいささか騒がしすぎる空間になってしまったのだけれど。

 トールやマーガレットは相変わらず忙しそうだ。豚館を出たり入ったり。

 最初ははいるたびにとがめていた裏口の門番も彼らの悪相になれたらしい。出入りしても文句を言わなくなった。

 カークには春が訪れている。

 でも、わたしの周りは相変わらず冬だ。

 いろいろと努力はしているが相変わらず豚と呼ばれている。

 最近では誰もが面と向かって豚公爵と呼ぶようになっていた。

「豚さん、豚さん」この前“村”で拾ってきた赤毛の幼女がわたしに命令をする。

「おそうじをするので、ちょっとどいてくださいね」

 わたしは黙って立ち上がって場所を空ける。幼女には逆らえない。

 はじめの頃はクラリスが公爵様とか、主様と呼ぶようにしつこくいっていた。今ではみんなが豚と呼ぶので、あきらめたのか注意もまばらだ。

「どうせわたしは豚だよ」

「ウィリアム様もお変わりになりましたよ」

 わたしを褒めてくれるのはクラリスだけだ。

「だいぶおやせになりましたし、畑のお仕事もずいぶん上手になられました。庭師も喜んでいるようですよ」

 そうだろうか。畑仕事をしながら、相変わらず無口で指示しかしない庭師を横目で見る。

 確かに体力はついた。一日中外を出歩いても、へたれなくなった。

 体型もどこかのハット星人から普通の豚くらいには縮んできたと思う。

 階段も一気に二階まで行けるようになってきた。

 そんなわたしをものすごい顔をして見ている男がいる。

 時々うちに出入りしていた家令だ。

 最近寄りつきもしなくなったから家令と呼ぶのもどうかと思うのだが、わたしは彼の名前を思い出せなかった。

「何か用か?」

 黙ったままかかしのように立っているのでそう声をかけると、男は驚いたように目を見開いた。なんだ、声をかけられるのを期待していたのではなかったのか? 珍獣を見るような目つきが気に入らない。

「はい、主様へ国王陛下から冬の宴への招待状が届いております」

 冬の宴、社交シーズンの幕開けであり、一年の最後と最初を祝う貴族の一大イベントだ。王都にいる貴族が全員招待される、というより強制的に集められる公式行事でもある。

 わたしは病気を理由に何年も参加していなかった。

 このイベントだけは、この儀式だけは、普段無視を決め込んでいる妻もわたしに声をかける。なぜなら、冬の宴が行われている陰で公家の当主のみが参加する儀式が執り行われるからだ。いかに飾りだけの当主とはいえ滅多な理由では欠席することが許されない、のが建前だった。その重大儀式を10年以上もサボっているんだけどね、わたしは。

「そうか」わたしはしたたり落ちる汗をぬぐった。

「使者には今年は出席させていただくと、返事をしておいてくれ」

「はい?」

 一拍おいて家令は家令らしからぬ聞き返し方をした。

「だから、出席するといっている」

 そういってから再び畑を耕し始める。

 家令は固まっていた。今年も欠席するものと思っていたのだろう。想定外の返事に声も出せないようだ。

 出席するとも。今年は出席しないといけない。

 国中の貴族が集まる宴会なのである。絶対に攻略対象である王子や公子、学園の関係者が出席するということではないか。彼らと接触する絶好の機会をわたしが逃すわけはない。

 必ず、彼らと接触してみせる。

 わたしは密かに計画を練っていた。

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