冬の宴…ぶっちゃけていえばクリスマスイベントだ。
ファンタジーらしく、名称は変えてあるが、ほぼそのまま。キリスト様がどこかの神様の名前にすり替わって、教会が神殿になっているくらいの違いしかない。
ゲームの中ではお目当ての攻略対象者たちとダンスをする乙女心が炸裂するイベントだったはずだ。
これがウィリアムの視点からするともっと土着の香りが漂う儀式の場に変わる。
「じゃあ、公爵様は一緒に行動できないのか」従者としてついてきたトールが馬車の中で確認した。
「そうだ。わたしは儀式に出ないといけないからね。舞踏会には参加できない」
残念だった。かえすがえすも残念だ。
このイベントの中では悪役令嬢たるエリザベータが踊るシーンもあったのだ。
主人公と競うようにして踊る悪役令嬢。攻略者たちと親しくしている主人公を見て嫉妬の炎を燃やす重要な場面である。選択によってはここで悪役令嬢の企みにはまってバッドエンドを迎えることもあるのだ。
エリザベータ…彼女の踊る姿はきっと美しい。
スチルではなく、動画でその姿を見たいと思うのはわたしだけだろうか。
生エリザベータなのだ。生、生。
だけど、たぶんわたしは見ることができない。くそいまいましい儀式に出席を強要されるからだ。
「だから、君たちも一緒に来てもらった」わたしはトールとマーガレットの目を見た。
「頼むよ。彼らは絶対ここに来るから」
「わかってる」マーガレットさんはわたしの手を握った。「任せておいて」
「儀式ってどんな儀式なんだ? ゲームの中にはそんなものは出てこなかったよな。ミサみたいなものか」
わたしは首を振る。
「いってもいいものなのだろうか。王家とその礎になった公家の血を引く主だけが参加するんだ。宮殿の内部にある小さな神殿に集まって祈りを捧げる。秋に領地で祠に祈りを捧げただろう。あれの豪華版だな」
そういってからわたしはその儀式と村で行った儀式が似ていることに気がついた。ただあの儀式と大きく違う点が一つ。王宮で行われる時には当主の血が必要とされるのだ。だから、
本人が行くか、いけない場合には生血を誰かが持って行かなければならない。
ここ数年は豚嫁が代理で血を持参していた。今回は本人が行くといったら、彼女は出席を拒否した。ひどい嫁だ。
娘のエリザベータにも一緒に行こうと誘いをかけてみた。
そうしたら、婚約者と会場に行くと素っ気ない返事が返ってきた。
婚約者…ろくでもない断罪イベントで彼女を無情に切り捨てるくそ王子だ。
あんなひどい男がエスコートをするかと思うと胸がむかむかしてくる。
二人はご丁寧にもわたしの手の届かない豚嫁の館から会場に向かうと行ってきた。
「こう申し上げてはなんですが、最近ゴールドバーグ邸にはあやしげな輩が集っているともっぱらの評判でして」
家令はトールとマーガレットをみながらそんなことを言った。
「当家としましてもそのようなものがたむろする場所に王族の方をお迎えすることは承知いたしかねます」
当家って、当主は一応わたしだよ。どこまでわたしを切り捨てにかかってるんだよ。
とはいえ、まぁ、公爵のウィリアムとしてはその感覚はよくわかる。嫁の住んでいる別邸はともかく、本邸はとても大貴族の館とは思えない雰囲気になってしまっている。憑依される以前の公爵ならこんな環境で暮らしたら発狂してただろう。
だけど1DKの狭い部屋で暮らしていた記憶を持つわたしには今のゴールドバーグ家のほうが落ち着ける。かつての豚小屋はどんなに豪華で広くてもただの飼育施設みたいだったからね。
「くそ、暑いな。窓を開けてもいいか?」トールが窓を細く開けると冷気がはいってきた。
「ちょっとやめてよ、わたしはこんな格好をしてるんだから」
マーガレットは見えるようで見えないぎりぎりの夜会服を身につけている。10人男がいれば、12人くらい振り返りそうな格好だ。さすがは高級娼館を営んでいるだけのことはある。男が憑いているということを除けば完璧な美女だ。
トールはというとゴールドバーグ家のお仕着せを着て馬車にのっている。格が落ちるといって、家令がついてこようとしたのだけど遠慮申し上げた。連れて行ったらどんなことを嫁に報告するのかわかったものじゃない。
しかしトールは確かに連れて行くのは躊躇する容姿だ。どう見ても召使いには見えない。
だから、トール、大股を開いてたばこをふかすのはやめようよ。
それに引き替えクラリスは、何を着ても似合っていた。今日の彼女の服装は地味ではあるが上品な夜会服だ。彼女が居てくれてよかった。さすがに付き人がトールとマーガレットだけではまずいということくらい私でもわかる。生まれこそ平民だがどこか上品な風情のあるクラリスは豚の付き人にはもったいないくらいだ。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
わたしは目をそらした。人形姫と呼ばれファンがついていたキャラだけのことはある。つい見とれてしまった。
「そうそう、一ついっておきたいんだけど、豚公爵の世間の評判な。いいにくいんだが、ひどいから。貴族連中の間でもいろいろと広まっているらしい」
「だろうね。どんな噂かな?あまり聞きたくもないけど」
また女をさらったとか、幼児を虐待しているとか、そんな鬼畜な豚だという噂なのだろう。名誉毀損もいいところだ。わたしはこんなに清らかな生活をしている豚なのに。
「今夜集まるのは貴族連中なのよ。本当に陰険でねちっこい連中だから気をつけてね」
マーガレットに真顔で忠告される。「わたしたちみたいな平民とつきあっていることが本当だとわかったら、何をされるかわからないわ」
そうか、そういう噂も流れているのか。ここでの身分差は思っていた以上にある。ウィリアムも翼としてのわたしの意識がなければ壁があることにすら気がつかないほどの意識の違いがある。
華学のように平民の生徒が貴族に混じって勉強ということは、本来ならばあり得ないことなのだ。魔法が強いとか、頭がいいとか、そういう天才気質の子が集められたという設定になっていたが、それはそれ。
言動には気をつけないと保守派の連中から本当にリンチされかねない。
ここから先はウィリアム・ゴールドバーグとして貴族らしく振る舞わなければ…
胸を張ったらおなかのボタンが一つはじけ飛んだ。
コホンと咳払いをしたら、みんな窓の外を眺め始めた。
うん、元々ボタンなんかついていなかったんだ。そうだ、そうにちがいない。
王宮の入り口で馬車は止められた。中を念入りに点検される。
特にこの馬車には悪人顔のトールや人目を引きすぎるマーガレットが乗っているからな。
隅々まで調べられた。
「うわ、豚をのせてる馬車があるよ」
失礼なことを言う奴がいるものだ。どこの馬車に家畜を乗せていくものか。
「ゴールドバーグ公爵様ですね」
ようやく入れた王宮の内部で扉を開けてくれたのは近衛の騎士だった。
さすがは王宮の警備するプロだ。何を思ったにせよ、全く顔に感情を表していない。まじめくさった顔のまま、わたしが馬車から苦労して降りるのを手伝ってくれた。
「ご苦労」
偉そうにふんぞり返って礼を言う。ついでに上から相手を見てやろうと思ったが、こちらの背がいささか足らなかった。
「ここから先はゴールドバーグ様だけでお願いします」
トールたちに頼むと目で合図をすると、向こうもわかったと合図を返した。
「私はここでお待ちしていますね」
やる気満々のトールたちと違ってクラリスは不安そうだ。初めての王宮に圧倒されているらしい。
よたよたと歩く私に合わせて、騎士の歩みも緩やかになる。
儀式の行われる王宮内部の神殿周りにはほとんど人がいない。そこを必死に歩く。儀式の場までかなりの距離があることをすっかり忘れていた。人の気配のない冷たい廊下を抜けて、儀式の行われる薄暗い洞窟のような場所に着いたときには汗をかいていた。
「遅かったではないか」
中で頭の禿かかった男が護衛たちと一緒にいらいらしながら待っていた。
「殿下、遅れまして申し訳ありません」
確か、この人は前王の弟君だったはず。
わたしは膝をついて頭を下げ…ようとして、前にバタリと倒れ込んだ。腹の脂肪が邪魔をしてバランスを崩してしまったんだ。陸に上がった魚のようにばたばたするわたしの様子に気温が二三度下がったような気がする。
「ゴールドバーグか」
鼻を鳴らすような音がして、周りの騎士たちがわたしを助け起こしてくれた。
「も、申し訳ありません」今度は冷や汗をかいてわびる。
「よい、時間がおしている」
殿下はわたしのほうを顧みることもなく先にある階段を降りていく。
そうだったよ、ここから階段なんだよ。
転がった方が早いかな、そんなことを考えながららせん状の階段を降りていく。ダイエットしておいてよかった。前の体型ならとてもではないがこの階段にたえられない。
階段の下では何人かの男が待ち受けていた。
そのうちの一人は顔を見たことがある男だった。
ブルーウィング公。父の盟友だった男である。
ゲーム攻略対象の親でもある。
彼の顔を見てほっとすると同時に不安になる。なぜって彼のところにはせっせと手紙を送りつけたからだ。攻略対象である蒼様と連絡がつかないので、どうにでもなれという気持ちで親にまで手紙を書いたのだ。
顔を合わせるのはなんとも決まりが悪い。
この場はいらいらしている殿下の手前、黙礼を送り合うだけだったからよかった。だが、儀式の最中にブルーウィング公の反応が気になって仕方がなかった。
「それでは」
長々とした訳のわからない神のお言葉が続いたあとに、殿下に促されて一人筒中央に進み出る。といっても王族の殿下と、わたしと、ブルーウィング公だけ。
あれ? ここには5つの家の代表が来るはずではなかったのだろうか。
なんと他の三人は去年までのわたしと同じく生き血の提供だけだった。
これは出席して損したかもしれない。
攻略対象者と何が何でも接触したいという目的がなければ、わたしだってきたくない。
これから登らなければならない長い階段のことをわたしはできるだけ考えないことにした。
だいたいこの儀式は痛いんだよね。
鋭いナイフで指の先を切って水盤に血を垂らす。それがこの儀式の肝だった。
血が水盤に注がれると、一瞬きれいな光を発する。どうして光るのかよくわからないが、何かの魔法が働くらしい。
王族である殿下の血、わたしの血、ブルーウィング公の血、そして提供された他の貴族の血。
やはり新鮮な血のほうに効果があるのだろうか。そこに出席したものの流した血のほうがより鮮やかに光って見えた。
わたしが自分の内にある魔力を実感するのはこのときだけだろう。正直いってウィリアムは魔法が大の苦手だったのだ。
理論? それっておいしいの? 実技は…聞かないでくれ。
もちろん見た目からわかるとおり体育会系の科目も苦手だった。
儀式が終わると延々とまた階段を上らないといけない。それが苦行になるほどね。
年の割には健脚の殿下やブルーウィング公よりも遙かに遅れてわたしはやっと階段地獄から抜け出した。
わたしのゆっくりした歩みに付き添ってくれた騎士に礼を言うと、固まった。
礼を言うのは変だったろうか? ウィリアムの規範からしてもおかしくはない行為なんだが。
それとも、なにか? 豚だから、人の言葉を話すのを聞いて驚いたのか?
外ではまだ宴が続いているようだった。
その会場に向かう通路の途中でブルーウィング公がわたしを待っていた。
いやな予感がしたのだ。わたしはゲームの登場人物を探したかったんだよ。物語の中で名前しか出てこない公爵なんて会いたくもなかった。
「ゴールドバーグ公、お久しぶりですな」
ブルーウィングはまるで親しい旧知の仲のように気軽に話しかけてきた。
「あなたがここに来られるとは予想しておりませんでしたよ」
「本当にお久しぶりです。最近体調がいいものですから、少しは公式の場にも出てみようかと思いましてね」
当たり障りのない言葉をならべる。砂を食べるような社交辞令というやつだ。
軽いジャブのような応酬があったあと、ブルーウィング公はわたしをゲームに誘ってきた。
目上の貴族からのお誘いは断れない。それがいかに評判の悪い豚公爵でもだ。
しかたなく、ブルーウィング家のお仕着せを着た男に案内されて舞踏会の会場からは離れた小部屋に案内される。
この王宮にはこういう部屋がたくさん用意されている。宴会には舞踏会そのものを目的としてきている人ばかりではないからだ。
ゴールドバーグ家の召使いは当然のことながら誰一人として見当たらなかった。トールとマーガレットは目的のために舞踏会の会場に行ってしまっているのだろう。
はっきり言って心細い。
「ウィリアム様?」
そこへクラリスが現れた。
クラリス、君は女神だ。たとえたった一人でも見知った顔に出会うことがこんなにうれしいことだとは思わなかった。特にブルーウィング公なる得体の知れない後仁と一緒の時にはだ。
わたしに発信器でもつけておいたのだろうか、正確にわたしの位置を予測したクラリスに疑問を感じながらも、ここは偉そうな公爵を演じなければ。
「ああ、おまえか。これからブルーウィング公とゲームをする予定なのだ。付いてきなさい」
ついてきて、お願いします…
クラリスは無表情のまま黙って頭を下げた。すばらしい。召使いの鏡のような態度だ。喜色を隠しきれないわたしとは違いすぎる。
部屋の中にはすでにゲームの盤が用意されていた。その脇にはちょっとした飲み物と、菓子の山だ。わたしの食欲にあわせたのだろうか、普通のゲームで用意されるよりも多めの軽食と酒も後ろのテーブルにのっていた。
わたしは特大の椅子にブルーウィング公と向き合うように座った。わたしが座っても壊れない椅子というのは貴重だ。その様子を品定めする目で公が見ている。
正直小心者のわたしにはこの状況は悪夢だ。なにしろ、公は父と同じ世代の人間なのだ。何十年も大貴族の頭領として振る舞ってきたわたしの中では雲の上の人だ。名ばかりのなんちゃって当主とは訳が違う。もう、汗が噴き出て吹き出て仕方がない。
この部屋、暖めすぎなんだよ。うん、暑すぎる。
クラリスがいつものようにハンカチを渡してくれたのでそれで顔をぬぐう。
「公はこのゲームがお好きかな?」
駒を並べながら、ブルーバーグ公は探るように聞いてくる。
「む、昔に少しだけ」
ウィリアムにも一つだけ人並みなものがあった。それがこのゲームだ。内気で究極のインドア派だった私が小さいときから熱中していたのがこの将棋やチェスに似たゲームだった。
もっとも頭があやしくなって以来駒に触れていないから、今も昔のようにさせるかどうかはわからない。
最初はそんなことを思いながら、ためらいつつ駒を動かす。
「これは一本とられましたな」
あっさりと公に勝ってしまった。手が駒の動かし方を覚えていたようだ。
次の勝負も、その次の勝負もわたしの勝ちだった。最初の試合は手加減していたらしい公も最後には本気を出していた。それでも、わたしは危なげなく勝てた。向こうの世界での将棋やチェスをたしなんでいた記憶がわたしを助けてくれた。将棋ソフトの感謝だ。
気がつくと、ブルーウィング公の付き人まで身を乗り出して試合を観戦していた。そんな人たちに気がつかないくらいついついゲームにのめり込んでいた。危ない、危ない。
「お強いですな」
ブルーウィング公が手放しで褒めてくれた。何かを褒められることは少なかったので、くすぐったい気持ちがする。みんなには豚呼ばわりしかされないからな、わたしは。
「どうですか、わたしの通っている社交場に一度顔を出されては。そこにはわたしよりも強いものたちがたくさんおります」
「いえいえ、あなたほどの強者がたくさんいるところになど、とても」正気に戻ったわたしは下を向いてもごもごとつぶやいた。
「まだ療養中でして」そう、ダイエットに励んでるんだよ。ダイエットに。
「そうですか、それではわたしがそちらに訪ねていってもよろしいでしょうか」
耳を疑うようなことを公はささやいた。驚いて目を上げると冷徹な政治家の目がこちらをのぞき込んでいる。「あなたの館には父上が生きておられた頃はよく伺っていたものです。あそこは静かでいい場所です」
今は雑音だらけです。ガキどもがうるさく走り回って、見習い召使いがあちこちで粗相してしかられる声が響き渡って…そういいたかったが、渋々うなずく。人の居ないところで話したいということなのだと貴族の常識が告げる。
結局ブルーウィング公とは私的な話は何もできなかった。息子の攻略対象者はどうなったのだろうか。親父と知り合いになったが、なにか有効な手は打てるだろうか。
クラリスと二人で馬車を呼ぶ召使いのところへ戻る。
奥の方からは人々の笑い声やダンスの音楽が聞こえてくる。
きっとみんな飲んだり、食べたり、踊ったり、楽しんでいるのだろう。
「おーい、ウィリアム」小さな声が暗がりから響く。
素知らぬ顔をしながら近寄ってみると、大きな壺の陰にトールが身を潜めていた。
「どうしたんだ、こんなところで」
「わりぃ、つまみ出された」トールが苦い笑いを向ける。「知り合いに会ってな。こんなところにいるべきではない人物として、たたき出された」
「それは気の毒に」
「本当に悪いな。攻略対象者には接触できなかった。おまえのほうはどうだ?」
いささかよれよれになったお仕着せの埃を払いながらトールはわたしの体の陰に身を寄せる。
「わたしも駄目だった」彼にブルーウィング公に出会ったことを話す。
「そうか。息子のほうには会えなかったか」
「マーガレットさんは?」
「ああ、彼女なら、熱烈な崇拝者と一緒にどこかへ消えたよ」
“転生者”とおぼしき人に会えていればいいのだが、と彼は付け加えた。
「エリザベータは見なかったのか?」
確か奥の庭で主人公に嫌がらせをするイベントがあった。どうだったのだろうか?
「おまえの娘か。見てないよ。俺は奥の部屋には行けなかったんだよ。その手前で捕まったんでね」
結局わたしたちは何をしに王宮に行ったのだろう。馬車に乗るとどっと疲れが出てきた。
トールも疲れた顔で馬車の中で横になっている。
「腹が減ったなぁ。あれだけ料理があったのに、何一つ食べられなかったよ」トールはぶつぶつ文句をいっている。「酒も高価そうなのがたくさんあったのに、くそ」
「トール様、はしたないですわ」クラリスがため息をついて手に持っていた籠のふたを開けた。
「軽食をいただいて参りましたから、一ついかがですか」
クラリス…なんて有能な子。
彼女はちゃっかり食料を手に入れていた。籠の中は四次元ポケットにでもなっているのだろうか。後から後から食料や酒が出てくる。
「トール、これからどうしよう」わたしは小さい声で友人に尋ねる。「この宴のあとは当分わたしたちの出てくるイベントはない。向こうから干渉もされないけど、こちらから干渉することもできないだろう?この宴で、転生者かもしれない攻略対象者と話がしたかったんだけどな」
「見事に妨害されたからなぁ」トールは骨付き肉の骨をかじっている。「あとはマーガレットが誰かと接触していることを祈るしかないな」
どんなイベントが王宮でおこったのだろうか。わたしは娘に思いをはせる。ゲームの中で悪役令嬢は仲よさそうな主人公と攻略対象者の姿をのぞき見て、嫉妬する。そしてこれから嫌がらせの数々を行うことになるのだ。ここでの彼女は婚約者の裏切りを目にしたのだろうか? それともすでに他の者たちと結託してたちの悪いいたずらをしかけているのだろうか。
物思いにふけっていたので、突然馬車が止まったのに対応できなかった。目の前に座っていたトールの腹に頭突きをする格好になる。
「どうしたのです、何事ですか?」
痛みに悶絶する男二人をそのままにして、クラリスが鋭く御者に声をかけた。
「それが…何者かが倒れているようでして」
「助けて」聞き覚えのある声が御者の声に被さる。
「助けて、あの人を助けて」
それはカークの愛人の声だ。
ものもいわずに、トールが馬車から飛び降りる。
わたしはただ、恐ろしい予感に馬車の中で固まっていた。