豚の矜持12 異物

次の日を迎えるまでに、ささやかな問題を残してすべてがうまくいっていた。

 トールは暗殺者のチャールズと仲良くなっていた。二人とも武闘派だからね。馬が合うのだろう。

 わたしとトールがへべれけに酔って使い物にならなくなったこと以外は何も問題ない。

 部屋が血みどろになる可能性もあっただけで、その程度ですんでよかったと思う。

 話の成り行きで、今度の計画にもチャールズが一枚かんでくれることになったようだ。詳細はわたしがダウンしてしまった後に決まった。

 なぜ国の暗部を担う仕事人であるチャールズがわたしたちに協力してくれるようになったのかはわからない。間違った判断でわたしを殺しかけた罪悪感よりも、クラリスのとりなしがきいたということなのだと思う。彼ら仕事人にとっては豚の一匹や二匹、さばいてもなんとも思わないだろうからね。クラリス様々だ。

 そんなこんなで、わたしたちは待った。

 “村”でのイベントが起こる日を。

 ダンジョン攻略の合間に訪れた“村”で主人公があやしい男たちに襲われる事件が起こるはずなのだ。

 攻略の合間に周りの村で行方不明者が出ていることを知った主人公は手がかりをつかむために“村”を訪れる。

 必ず来るはずだ。訪れなければ大切なイベントがおこらない。このイベントでは攻略アイテムの“愛のしずく”を手に入れるはずなんだ。レアなキャラクター狙いのプレイでなければの話だけど。

 このアイテムの数が足りないと、バッドエンドに突入する可能性がある。

 普通のキャラ攻略をするのなら、“村”を訪れて誘拐事件を起こすことが必須イベントとなるのだ。

 今回は生け贄を求めるあやしい集団ではなく、安全無害なわたしたちが女性を確保して事件を誘導している。エリ姐さんを事件から引き離しておいて類似イベントでごまかす算段だ。

 学園の生徒たちがダンジョンに挑むために王領にはいったという話を聞いてから一週間はたつ。おそらく中で生徒たちがダンジョンの攻略をしているはずなのだ。

 だが、その様子は外からではうかがい知ることはできない。

 王領は王の直属の軍隊によって警備され、公爵といえども部外者が立ち入ることはできない。チャールズがいうには、王直属の仕事人たちも目を光らせているので、下っ端暗殺者のチャールズの潜り込むすべはないらしい。

 そりゃそうだろう。今回のダンジョン攻略には王子様も参加しているのだ。身分を隠してご入学という王道の攻略キャラである。もう序盤からバレバレなんだけど、この時点では学園の生徒たちは知らないという設定だった。

 わたしの娘のエリザベータも参加しているはずなのだが便りの一つもない。便りがないのはいつものことであったから、いままでは当たり前と思っていたのだ。が、気にし始めると心の片隅で刺さったとげのようにじくじくといつまでも痛みを感じる。

 思い立って手紙を書いてみたが、届いたかどうか。

 やがて工場や“村”の見学にもあきたわたしたちは、周りに広がるわたしの領地へ視察に行くことにした。

 お忍びということで少人数の供回りしか連れていない旅だが、どこへ行っても豚公爵だとばれてしまう。

「そりゃそうだろ、このあたりにおまえみたいに太った男はいないからな」

「こ、これでも少しはやせたんだ」

 そういいながら、収穫の終わった畑を見て回る。刈り取り作業中の集落はなるべく避けて回るようにした。最初は警戒している人たちもしばらくすると好奇心が勝つのかいろいろと話してくれるようになった。

 このあたりをゴールドバーグ家のものが訪れるのは、先代の若い時分以来らしい。

 本来なら豚嫁と結婚したあと、お披露目で集落を回らなければいけなかったのだ。町や村をまわってお披露目かたがた儀式を行う。それが習慣だった。私はその義務を放棄していた。そういえば若いとき、土地神に祈りを捧げに行けとしつこく勧められていたのを思い出したよ。

 オクタヴィアがいやがったんだ。ぐずぐずと先延ばしにしている間にエリザベータが生まれて、それでまた延期になってしまった。

 それから、私は薬におぼれたという訳で。

 豚公爵はジャンキーになってしまい、いままで“祭り”のことを思い出しもしなかった。

「ねぇ、ねぇ、どうしてそんなにおなかが大きいの?」

 子供たちが口々に尋ねる。

「どうして、そんなに肉がついてるの?」

「こらこら、公爵様を困らせてはいけませんよ」

 実際汚いガキに囲まれた私は最初どうしていいのか皆目わからなくて固まっていた。こんな下層民に取り囲まれたことなど今までになかった経験だ。

「公爵様、こちらにどうぞ」村長の妻がまた村の祠に案内する。

 また、というのは、集落を訪れるたびに必ず祠に案内されるからだ。

 そこで、豚公爵は祈りを捧げなければいけない。

 その祈りは古い言葉でできていて、唱えている私にもさっぱり意味のわからない祈りだった。小さいときに無理矢理覚えさせられたのだ。

 わたしにはクトゥルーを呼び出すインスマスの祈りにしか聞こえない。

「祭りのお囃子のようなものかしら?」マーガレットさんが小首をかしげる。「ヨーイヤサ、とか、ワッショイみたいなもの?」

「意味があるよ、たぶんね。魔法の言葉だと思う」

 そう、その言葉を唱えると祠がぼおっと光って見えるときがあるのだ。

 ご縁がないのですっかり忘れがちだが、ここは魔法のある世界だ。

 ゲームの中では五行の魔法を使い分けて、ダンジョン探索や戦闘モードを戦い抜いていた。上流階級になればなるほど魔力が強い、というのが基本設定なのだ。

 私の魔力ですか? 魔法ですか? 聞かないでほしい。

「不思議な聖句ですね。初めて聞きました。なんの言葉かしら。古い言葉みたいですが」

 クラリスの耳にはとても心地よい音に聞こえるらしい。

 クラリスとチャールズは風の魔力を持っているのだそうだ。その風の魔力が音に共鳴しているように感じるのだという。クラリスはスーパー侍女だけあってなかなかに魔法力が高いようだ。平民で顕在化した魔法の力を持つものは珍しい。

「俺たちにだって魔法の力はあるぞ」トールが自慢する。「滅多に使うことはないけどな」

 そうだった。トールは確か火の魔法で、マーガレットさんが水だったかな? その得意な魔法と剣術で主人公たちとやり合うことになるはずなのだ。

「そういえば、公爵様の魔法の力ってなに?」

「わたしの力?」

「そうだな、作中にも出てこなかったし、設定にもなかったよな」

 トールとマーガレットさんがどこか楽しんでいるような目をこちらに向けてきた。

「姫が氷だから、水系統かな?」

「なんかイメージが違わないか。豚に水は似合わねぇ」

「ゴールドバーグだから、金かな?」

「風はなさそうだよね。なんとなく」

 設定マニアどもが…好き勝手に論評している。

「土だ…」ぼそりと私は答えた。

「へ?」

「だから土だよ」

「うわ、使えねぇ」「ないわー」

 トールとマーガレットさんが渋い顔をする。

 土魔法は思いっきりマイナーな魔法だ。戦闘でも戦争でもほとんど役に立つ魔法がない。この魔法を使うのはモブに近いサブキャラのみ。どこぞの守備隊隊長とかいう戦争パートの端役が持っているくらいだった。

 基本的にこのゲームの戦争パートは魔法でけりがつく。火魔法か風魔法があれば、強力な範囲攻撃と攻撃力のごり押しで楽に勝てるのだ。

 逆に言えば、それ以外の魔法だと勝てない。これでもかというくらい苦労しないと引き分けにも持ち込めない。それでも回復をになう水魔法、補助魔法の多い金魔法はパフや回復で役に立つ。

 でも、土魔法はなぁ。土魔法をもつキャラが出てくる場面はクソゲーのクソゲーたる理不尽さを見せつける場面なのだ。

 トールやマーガレットさんも土魔法キャラでの攻略には苦労したらしい。

 その感想が、土魔法、使えないよ、である。

 どうせ、わたしの魔法は役に立たないよ。自分でも役立たずの自覚があるんだ。ただでさえ役立たずの土魔法適正に加え、私は魔力の発動もうまくいかない性質だった。大貴族の子息としてはあるまじきお粗末な魔法力で、家族からもため息をつかれていたからな。

 わたしは悲しい過去を思い出して、一人落ち込んでいた。

 周りの集落という集落を回る日々が続いた。なかなかイベントのフラグが立ってくれないのだ。もう偽イベントを仕掛けに来たのか、本当に視察に来たのかわからなくなってしまいそうだ。

「公爵様、どうぞ」

「きれいな花だねぇ、ありがとう」

 小さい子どもによだれや鼻水をなすりつけられるのにも慣れた。

「ちょっとしたものですが、畑でとれた野菜です」

「ありがとう」

 味付けも何もされていない野菜をかじることにも慣れた。

「ねぇ、かあさん、にげたブタさんがばしゃにのってるよ?うちのブタよりもおおきいねぇ」

「しー。なんてこというの。こっちにいらっしゃい」

「……」

「やーい、豚、白豚」

 礼儀知らずのガキどもに影でからかわれるのにも、慣れた。古いトラウマを刺激されたけどね。

「ここの畑の土は…あまり状態がよくないな」

 毎日祈りを唱えているからだろうか。土地の状態がいいのか悪いのかがわかるようになった気がする。

 体重も。少しは減ったぞ。体重計がないから、多分だけど。

「気になりますか?」時々視察についてくるルーシーが小悪魔のように笑う。

 わたしがうなずくと、彼女は、いや彼だった、は楽しそうに目をくるくるさせた。

「意外ですね。あなた、結構まともだったんだ」

 わたしはいつでもまともだよ。男のくせに、ふりふりレースのついたスカートをはいている君よりはね。しかも、憎たらしいことに似合っている。街を歩いたらまさかアレが股間についているとは思わずに声をかける男どもが山のように現れるだろう。

「このあたりは水がたりないんですよね。それで、土が乾いている」ルーシーは土を手にとってさらさらと砂を落とした。

「本来ならもっと違う作物を栽培するべきなんですよ」

「詳しいのだな」

「僕の専門は元々植物ですから…薬屋は、まぁ、状況に迫られて、でしょうか」

「あ、まさか、君は私たちのように…」

 憑依しているのか?そう尋ねようとしたが尋ねられなかった。ルーシーは手にした砂を空虚な目で見ていた。本能的に怖いと思った。その気持ちが言葉をつまらせる。

「でもね、公爵様のためでしたら、お力をお貸ししますよ。この土地にあう植物を教えてあげましょうか?」

 植物を? 唐突な提案に答えを迷っていると、ルーシーはにこりと笑う。

「僕は、ゴールドバーグ家に雇われているものです。命じてくだされば、何でもいたしますよ」

「いいのか?わたしはこの村を豊かにしたいだけなんだが」

「はい、お安いご用です。このくらいのことたやすいことですよ。ゴールドバーグ家にはいろいろと借りがありますからね。もっといろいろなことができますよ」

 ぞっとする笑みがルーシーの口元に浮かぶ。

「たとえば、ここの土地をもっと豊かにすることもできます。ゴールドバーグ領は農産地としては優秀ですが、水不足が深刻ですよね。わたしたちなら、水路を引くこともできますよ」

 かわいらしくルーシーが笑う。

「今よりももっと収穫量を上げることもできます。そうすればあなたの大好きなお金がもっともっと稼げますよ。金山を開きましょうか? もっと贅沢をすることも可能です。山海珍味を食べて暮らせますよ」

 わたしは苦笑する。今さら金山を開いてなんになるというのだ。ダイエットにおいしい食事は害悪だよ。

「そんな、わたしは、そんな自分が贅沢したいわけじゃない。そうじゃなくて、むしろここの人たちが、この土地が少しでもよくなればいいなと思って・・・」

「もちろん、民の暮らしを豊かにすることもできますよ。このあたりの住民がもっと豊かな暮らしができるようにお手伝いすることもできます。清潔な水、清潔な住まい、豊かな土地、何でも用意できます。ただ、あなたが私のお願いを聞いてくださればね」

 ルーシーはまるで何かの宣伝でもしているかのように言葉をならべた。

「お願い?」

「簡単なお願いなんです。こうやって村をまわるのをやめてもらえませんか」

 お願いが意外すぎて、わたしはどう答えていいのかわからなくなった。

「なぜ、そんなことをいう。村をまわるのが何か不都合があるとでもいうのかい?」

 商人のお願いの意図が全くつかめないわたしは聞き返した。

「ええ。できればあなたには“村”にとどまっておいていただきたい。あそこは安全で快適な場所のはずです。暇でしょうがないですか。それなら王都に帰るのもいい。今よりももっと楽しく暮らせるように支援しましょう。ダイエットのための山歩きですか。散歩なら“村”のまわりに適した美しい場所がたくさんありますよ。快適な野山を散策すればいいでしょう。なぜ、わざわざ、不便で不潔な場所に足を運ぶ必要があるのですか」

「それは」

 どうしてだろう。わたしは言葉に詰まる。

 “村”の生活に飽きたからだろうか? それとも、公爵としての責務に目覚めたから?

 明確に答えられないわたしにルーシーは追い打ちをかける。

「あなたは、もっといい暮らしができるはずなんです。わざわざこんなところに来て不便な生活を体験したいのですか? 華やかな貴族の生活をお望みなら、王都にお帰りください。舞踏会やお茶会、楽しい催し物がたくさんありますよ。冒険がしたい? それなら、もっと別の場所で楽しめるところを紹介します。さすがに学園生活と言われると、困りますけどね。

 あなたはもっと楽しむべきだと思います。せっかくの体験なんですから」

 体験? 体験だって?

 せっかくの体験…まるで習い事でも誘うような軽い言葉。

 わたしの中で何かが警告する。彼の言葉は、危険だ。

「何が言いたい」

「何が言いたいって、そのままですよ」

 ルーシーは笑う。最初にゲームのチュートリアルに出てきた姿そのままで。

 私はぞっとした。

 彼は何を言っているのだろうか。

 わたしにはわからない。

 ただひたと私に据えられた彼の目が怖かった。にこやかに見えて、実のところなんの感情もないカメラのレンズのような瞳がわたしを追ってくる。

 その場をどうしのいだのか、混乱していたわたしは忘れてしまった。何か、恐ろしい体験をしたような感覚だけいつまでも尾を引いている。

 もう、あの商人とは話したくなかった。

 わたしは彼の目を避けるように、なるべく視界に入らないように行動した。

 それでも、ルーシーの目はどこまでもわたしを追ってくる。ただただわたしの行動を写して、その意図が全く見えないガラスのような目が。

 ストーカーにつけられる人が感じる恐怖はこんな感じなのだろうか。

 その感覚は“村”に戻ってからも続く。

 “村”の宿は確かにとても快適だった。すべてが整えられている。わたしの望んでいる清潔で満たされていて細かいところまで配慮の行き届いた環境だ。食事もとてもおいしい。王都で食べていたものよりもずっと品質が高い。

 でも、

 今日はなにかが違っていた。ルーシーの話を聞いてからつきまとういやな感覚。

 なんなのだろう。わたしはその感覚を追い出そうとしたが、どこまでも意識の端にひっついてくる。

「どうされました?」

 食が進まないわたしを心配するクラリスにわたしは聞いた。

「なぁ、クラリス。なにか、おかしくないか」

「なにが、ですか?」彼女は首をかしげる。

「いや、気のせいだ。忘れてくれ」

 気の回しすぎだろう。何も変わったことはない。

 ルーシーが昼間にあんなことを言うから。

 わたしは懸命にいやな感覚を感じまいとした。

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