豚の矜持13 儀式

次の日も、前の日と同じように村の視察に出かけた。

 そこで、同じことの繰り返しだ。祈りを捧げて、祠の主に感謝をする。

 それから、村の中をぐるっと見て回って、また次の村へ行く。

 行こうとしたのだが。

「馬車が故障しました」

 はい? 待て、ちょっと待て。

 わたしは豚なんだよ。歩けないんだよ。馬車がないと、どこへも行けないじゃないか。

 わたしは“村”からの距離を計算した。

 歩いて行けない距離じゃない。今から出発すれば、夕方過ぎには…

 無理。絶対無理。山道なんだよ。坂が続くんだよ。舗装もされていないでこぼこ道だよ。

 豚のわたしには果てしなく遠い距離だった。

「申し訳ありません。公爵様」心底残念そうにクラリスが言う。「今日はこちらの村でとまっていただくことになりそうです」

 ウィリアムが文句をたれようが、泣こうがどうしようもないものはどうしようもない。

 大丈夫だろうか。豚公爵は整えられた宿以外にとまったことがなかった。野宿などおとぎ話の中の出来事としてしか知らないのだ。

 結局その夜は恐縮する村長の家に泊めてもらうことになった。

 村長の家は豚公爵が入ると人の出入りができなくなるほど狭い家だった。

 これでも村一番の立派な家だという。

 いいのだろうか、村長一家を追い出してしまったよ。前の私なら気にもとめなかっただろうが、村長には小さな子供もいるようだ。そろそろ夜は冷える季節だというのに、いったいどこに寝るつもりなのだろう。

 そんなことを考えていたら、夕食が運ばれてきた。鳥が一羽、こんがりと焼かれていた。

 予備の食料があるから夕食は出さなくてもいいといっておいたのに。かなりワイルドな焼き方で半生なところもある鳥を目の前におかれてわたしは困った。こんなものを食べて大丈夫だろうか。腹を壊さないか心配だ。

「鳥だ」「鳥だよ」「お祭りの鳥だ」「あいつ一人で食べるのかな」「豚が鳥を食べてるよ」

 壁の隙間からたくさんの目が覗いている。村の子供達だ。

「クラリス、持ってきた食料をあの子達に渡してくれ」

 よだれマークが見えてきそうなささやきにわたしはため息をつく。

「甘いものがあったよな。あれで満足してくれるといいけれど。あと村長や従者達には酒も渡してほしい」

 馬車に乗せているのは高価な酒だけど、仕方ない。今度からもっと安い酒もつんでおこうと思う。

 ここで生の肉を食べて、おなかを壊さなければいいが。そんなことを思いながら、まだ赤いところのある鳥を私は食べた。意外にもとてもおいしかった。肉が体の一部になるのが感じられるような食事だった。いままで、おいしいものをたくさん食べてきたが、ここまで肉と感じられるものを食べたのは初めてのような気がする。

 寝台もいつものように柔らかいものではなく、ただわらと板きれを組み合わせたものに敷布を掛けた粗末なものだ。それでも、天井を見ているといつもよりも早く眠気が訪れた。干した草のにおいが心地よく鼻をくすぐる。

 朝の光が差し込んできて目を覚ますという経験は初めてだった。

 のそりと家の外に出ると、村長の奥さんに挨拶をされた。

「おはようございます。公爵様。今から朝の祈りに向かいます」

「朝の祈り?」

「はい、一日無事であるように祈る朝の祈りです」

 それをすることが当たり前のようにいわれて、わたしは一緒に行かないわけにはいかなくなった。

 そんなこと一度もしたことがないなんていったら、領民から白い目で見られそうだったからね。

 朝の祈りというのは例の儀式の簡略版みたいなものだった。村人のほとんどが祠に集まって祈りを捧げる。儀式の直後、朝の光がちょうど差してきて、祠が光で浮かび上がっているように見えた。後ろで控えていたクラリスや雇われ従者達も声を上げていたから、本当にきれいだったんだと思う。

 帰り際に、村長に深々と頭を下げられたよ。

 村の人たちもなんだかとてもうれしそうだった。きっと昨日の高い酒が効果的だったんだろう。今度から酒は常備しておこうと心に決めた。

 子供達からの評価もうなぎのぼりだったよ。飴の効果は絶大だった。自分たちのごちそうを食うクソ豚やろうからまた来てほしい御領主様へと大出世だ。

「また、来てねー」と黄色い声を上げて馬車を追ってくる子供達を見るのはまんざらでもなかった。

 ギブ・ミー・チョコレートはいつでも有効な人心把握の方法だね。

 充実した旅のあとの“村”はなんとも空虚だった。

 確かに設備は素晴らしい。“村”はきれいに掃除されていて、家畜の糞とか腐った野菜とか、落ちていない。宿も居心地がよく、物は豊富で満たされている。

 でも何かが足らない気がする。

 なんなのだろう。重みが足らないというのかな。この“村”にいると何かを忘れてきたような気がしてならなかった。周辺の村をまわっているときはそんなことはないんだ。食べ物も飲み物も同じ物のはずなのに違う物のように感じられる。

 ふわふわしているといえばいいだろうか。どこかすべてが偽物じみている。

 この“村”は何かに似ている、と思っていた。

 夜、ふかふかの布団にくるまっているときに不意にわかった。この“村”はルーシーの目に似ているのだ。

 いつも朗らかににこにこ笑っているように見えて、その目には何も写していなかった。

 それでいてすべてを見透かして、こちらを監視しているようなあの目だ。

 それを考えると、眠れなくなった。

 どこかからずっと監視カメラに追いかけられているような気がしてきた。

 今まで気にもしていなかった。あまりにもそれが当たり前の感覚になっていたから。

 誰かがずっとわたしを見ている。水槽の中の魚を眺めるように、わたしの行動のすべてを。そして時々餌を与える。わたしがのんきに餌をぱくついているのを満足して眺めている。そんな妄想が頭から離れなくなった。

 ちがう。誰かではない。なにかが、だ。

 それに気がついてから、視察に出たら帰りたくなくなってきた。

 帰宅拒否症とでもいうのだろうか。

 こちらはやましいことをしているつもりはないのだけど、なぜだかお母さんが怒っている、家に帰れないよ、というやつだね。違ったかな?

 村の少々の不潔さには目をつむる。料理に虫が入っていても気にしない。何かわからない生き物の糞を踏んでもなにごともなかったかのように振る舞おう。風呂なんて一週間くらいはいらなくてもなんとかなる。

「どうしたんだ、ウィリアム」トールが不思議そうに聞いた。「あんなにきれい好きだったのに、いつからワイルドなキャンプ生活を好むようになったんだ?」

 怖いんだ、と打ち明けられなかった。口にするとますます怖さが増していきそうで。

 私はだんだん薄汚い豚になっていった。

 豚はとても清潔好きな生き物だと聞いている。だから今の私は豚以下かもしれない。0

 残念ながら、いくら帰りたくないと行っても“村”に帰らないといけない事情がある。そこがイベントの舞台になっているというただその一点だ。

 シナリオ上では私たちはこのイベントと一切関係ない。シャークやカークといった下っ端達がちらりと名前を出すくらいだ。トールやマーガレットは偽イベントを成功させるために力を尽くしている。ただ死亡フラグをおるとしたら、何もしないという選択肢もあるのに。

 それもこれも、そのイベントが後々のために必要というただその理由だけだ。

 バッドエンド後に世界がどうなったのか、ただテロップで世界が滅びたと出るだけだ。本当に世界が滅びるかどうかはわからない。けれど、彼らはダークや娼館の娘達たちといったこの世界の知り合いのために頑張っている。

 わたしも少しは役に立たないと。もうしわけないよ。

  “村”に帰ってきたものの、イベントが進んだ兆候はなかった。

 学園の生徒の姿は見えず、いつもの顔見知りになってしまった“村”の住人が行き来しているくらいだ。

「今日もお散歩をされますか?」クラリスがきく。

 わたしはうなずいた。“村”にいるときはダイエットのためにわたしは“村”の中を歩くことを日課にしていた。

 豚の散歩だ。

 まるで犬の散歩のようでいやなのだが、クラリスや護衛の者と一緒に“村”をぐるぐると回る。

 最初はお偉い公爵様の散歩を驚いていた顔をしてみていた“村”人も見慣れてしまったらしく見向きもしなくなった。

 関心も嫌悪もない。

 わたしはものども、手を止めて土下座しろ、とか無茶なことはいわないからね。

 それとも貴族らしく横柄に振るまったがよかったのだろうか。

 どういう行動が今のわたしにふさわしいか悩んでいる。

「今日も何もなかったなぁ」トールがぼそりとつぶやく。

「何もなくてよいのではありませんか」クラリスがにこりとする。「なにもおこらないのはいいことですよ」

「しかし、そろそろイベントが起きてもいい頃なんだ。俺たちの知らないところで何かおこってるのか」トールが石を蹴る。

「いいよ、イベントなんかなくて」

 わたしは緩やかな坂道を息を弾ませて登る。汗がしたたり落ちる。

「どうぞ」クラリスが手ぬぐいを差し出す。

「ありがとう」

 めがみだよ、くらりすは、めがみさまだよ。

 へろへろになったわたしはふと目を上げた。

 坂の上に男と子供の姿が見える。

 みたことのない親子連れだった。

 子供の真っ赤な髪が沈みかけた日に照らされてまぶしく見える。

「あ、トールさん」

 男のほうが声をかけた。

「おう、おまえか。順調なんだろうな」

「はい、もちろんです」

 あ、男はトールの知り合いなんだ。赤い髪の少女は汚い汚れた服を着てうつむいている。どう見てもどこかの浮浪児だ。赤い髪??

 いやな予感がした。

「トール、ちょっと尋ねるのだが…」

「まて、そこの悪人ども」

 わたしがトールに声をかけようとしたとき、いきなり大音量の声が割って入る。

 坂の上に並ぶ三つの人影。逆光に浮かび上がるのはゲームでみたことのあるシルエット。華学の制服である。

「あなたたちが、世間を騒がせている誘拐犯ね」

「村人を苦しめ、非道な行い三昧なんて許せない」

「私たちが変わって成敗してやるわ」

「太陽神に変わってお仕置きよ」

 ・・・・・・・・・

 どうしてここに、今、彼らがあらわれたの?

 そこに現れたのは主人公とその取り巻きではなかった。

 さらにその取り巻き、主人公のお友達その一とかその二とか。名前付きではあったが女の子である時点で攻略対象にはならない脇役だ。

 それが三人そろって、なんですか? 戦隊もののつもりなのかな?

 そんなシーンはゲームのどこにもなかったよね。

 それに、今の台詞、何かの番組の○ぱくりなんじゃないの?

 今はブタのお散歩中だよ。

「ま、まて、これは誤解だ」

 幼女を連れた男が慌てて弁解する。

 そっちこそ待ってくれ。それは華学の中に出てくる台詞の一部じゃないか。

 ひょっとしてですけど、シャークやカークではなく俺たちが婦女誘拐並びに暴行の現場を押さえられたってこと?

 いや、押さえさせる予定だったけどさ。わたしはここに居ない予定だったよ。クラリスやトールもいないはずだったよ。

 それに第一襲われる予定なのは主人公だよ。桃色の髪をした小柄な女の子で、こんな幼女じゃない。

 攻略対象者である、王子や坊ちゃんたちはどこ?

 なんで、女の子達が現れないといけないんだよ。

「言い逃れしても無駄だ。証拠は挙がってるんだ。おまえたちの組織が女性をさらってひどい目に遭わせていることはな」短い髪の女の子がふっと髪をかき上げながらいう。

 何か違うゲームから来たキャラですか? 美少女戦士がどうしてここにいるんだよ?

「だから、誤解だって」幼女を連れた男が打ち消すような仕草をする。

「ずらかるぞ」トールが後ずさりしながら耳打ちをする。

「え?」

「相手をするのは面倒だ」

 ずらかるぞ、といわれてもですね。

 トールと話していた男やトールは一斉に後ろを向いて逃げ出した。

 わたしも走ろうとして、走れなかった。転んだ。それも派手に。

 転んで起き上がろうとしたが、起き上がれなかった。だるまのようにころころと揺れる。

 焦れば焦るほど、うまく体重移動ができなかった。

 相手は剣を抜いている。

 アレにちくりと刺されたら、痛いよね。

 トールの薄情者、そもそもこの体では走るという運動自体不可能なんだよ。

「待て」華学の制服を着た生徒たちは逃げるトールや男を追いかけた。

 剣を振りかざした勝ち気そうな少女が私たちのほうをみていたが、リーダー格の美少女が声をかける。

「家畜は放っておきなさい」

 え??? わたしは家畜扱いですか?

 少女たちは道に転がっているわたしとクラリスを無視して走り去るトールとその手下を追いかけていった。

「大丈夫ですか?ウィリアム様」クラリスが呆然と転がっているわたしを力一杯引っ張って起こしてくれた。「どこかおけがはありませんか?」

 クラリス、君は天使だ。わたしを人としてみてくれるなんて。

 もぞもぞと体をひねって起き上がると、じっとわたしのほうを見ている赤髪の幼女と目があった。

「豚さん?」

 幼女の目にもわたしは豚に見えるのか・・・私は肩を落とした。

「奴らをまくのに苦労したぜ」

 トールが宿に戻ってきたのはだいぶ遅くなってからだった。

 仕方なく一緒に連れてきた幼女は暖かい暖炉の前でこっくりこっくり居眠りをしていた。

「なんだったんだ、この出来事は?」わたしの質問にトールは渋い顔で答えた。

「わからない。どうもイベントの一部がかなりゆがんで実現されたみたいだ。実は他の村で若い娘が本当にさらわれて行方不明らしい。たぶんそっちが本命なんだが、こちらと混同されてイベントが起きたみたいだな」

「なんで、わたしが家畜呼ばわりされるんだ?」わたしは訴えた。

「いや、まぁ、そんなに太った人間は滅多にいないし。見知らぬ人が見たら人の服を着た豚に見えないことも、ないかな?」

 トールは目をそらしながら酒瓶をつかんだ。

「それで、このイベントは終了ということなのかしら」

 嘆くわたしを無視してマーガレットがトールと話す。

「おそらく、あとに三日様子を見て何もないようなら、これでイベント終了だろう。生徒たちもそろそろ学園に引き上げるみたいだからな」

「よかったわね、シャークとカークの生存が決まったようなものじゃない」

「ああ、そうだな。そうだとうれしいな」

 トールは乾いた笑顔を向けて酒をあおった。

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