豚の矜持20 花

「落ち着いて話してくれないか?あの花はなんだというのだ?」

 本当に落ち着かなければいけないのはわたしのほうだった。頭の中でいろいろな物がぐるぐると回っている。

 わたしとクラリスは、馬車の中で庭師の男と差し向かいで座っていた。腕組みをしているトールが男の隣で不機嫌そうな顔をしていた。

「あの花は、世に出してはならない花だ」

 男は下を向いてぽつぽつと話し始めた。ゴールドバーグ邸を飛び出そうとしていたときの勢いはすでにない。

「あの草の使い道を知っているだろうか?」

「薬の材料、だな」

 わたしの頭の中にいやに現代的な工場の光景が浮かんだ。ポーションやハイポーション、復活の薬まで並んでいた。ここの世界とは全くかけ離れたコンクリート製の建物に強烈な嫌悪を感じたことを思い出す。あれをたたき壊そうと思わないなんてどうかしていた。

「そのとおり。どんな傷でも病気でもたちどころに治してしまう奇跡の草だ。あの草を使えば死者さえも蘇生させることができるとまでいわれている」

 そうだろう、復活の薬の原料になる位なのだから。

「すごい草ではないか。どうしてそれが呪われた草などといわれているのだ?」

「あの草は、周りの生命を吸い取る。アレの生えた土地には二度と草木が生えないといわれるほどだ。ですから誰も栽培したがらず、しかし、手に入れたい人は多い」

 なるほど。確かに物騒な草だ。

「そんなものがどうしてうちの庭に生えているんだ?」

「必要とする人がいるから残されている。我が家は大地の祝福を受けた家系だ。その血を受け継ぐものが側にいればアレの害はひろがらない」

 我が家ね。わたしはため息をついた。

「それはとても大事なことだろう。どうしてわたしはそれを知らなかったんだ? いや、いい」

 わたしは答えようとした庭師を遮った。答えはわかっている。知らせる必要もなかった。知らない方がいろいろと都合がよかったのだろう。所詮わたしはただの飾り物にすぎない。

「それはそうと、これから“村”にいってどうするつもりだ?まさか草を全部始末しようと考えているんじゃ…考えてるんだな」

 初老の男の思い詰めた目を見てまたまたため息が出る。

「いっておくが、あそこには大量の夜来花が植えられていたぞ。あの分量を一人でどうこうできないと思う。それにすでにあの草はアイテムとして加工され販売されている。ま、まぁ、落ち着け。すべてをないものにすることはできない、と思うな。ちょ」

 すでにアイテムになっていると聞いた男は激高した。馬車の中で暴れる男をおとなしくさせるのは大変だった。

「じいさん、落ち着けって。そんなに暴れたら馬車から落ちるだろ」

 トールが羽交い締めにした男にクラリスが香水のような物をかけた。とたんに男はくたりとおとなしくなる。

「く、クラリス、何をしたんだ?」

「即効性の薬ですわ。護身用です」彼女は何事もなかったかのようにその瓶を懐にしまう。

 暗殺者の妹のことだけはある。

 トールが何か怖い物を見たときのようにクラリスから体を離した。

「なぁ、ウィル、これはイベントだな」気を取り直したらしいトールが話しかけてきた。

「イベント?」

「そうだよ、マーガレット・デュロイのイベントだよ。村が焼き討ちに遭うという例の…」

「まさか、わたしたちが焼き討ちに行くというのか?」

「正確にはこのじいさんが襲撃犯としての役割を果たすことになる。今のままではな」

「しかし、あそこは畑と工場だぞ。イベントに必要な宝玉は? 帝国がほしがってる宝がないじゃないか?」

「宝はあるさ。夜来花そのものだ。それとそれを原料とするアイテム」

 確かに。ゲームの中では気軽につかっていたが、たちどころに傷の癒えるポーションなんて全世界の医療関係者が殺到するほどのチートアイテムだ。復活の薬などという物が実際の市場に出回ったとしたら世の中の価値観ががらがらと揺らいでしまう。

「それを帝国が狙っている?でもそれはおかしい。あそこはゴールドバーグの所有地のはずだ。ゴールドバーグは帝国と通じているんだろ? じゃ、盗み出す必要などない」

「おまえの嫁が帝国にすべてを渡しているわけはないだろう。夜来花の存在はかくしてアイテムだけを高値で売りつけているとか、そんなところじゃないか。それにな。帝国がほしがっているとは限らない」

「どういうことだ?」

「じいさんの襲撃がマーガレットさんのイベントの代わりだとするなら、帝国が関与してなくても話は進むんだ。いいか、考えてみろ。今までおこったイベントで因果のつじつまの合っていたイベントが一つでもあったか? ゲーム通りの設定で進んだイベントは一つもないぞ」

 それはそうだ。

 わたしの馬車で轢かれるはずだったトールは他の人の馬車に轢かれた。

 “村”で殺されるはずだった姐さんは“王都”で殺された。

 アリサちゃんにいたっては彼女の代わりのスパイの犯罪に巻き込まれて殺された。

「要するに、登場人物と結果のつじつまさえ合っていればフラグをこなしたと見なされるんじゃないかな。裏の因果とか関係ないんだ」

「くそゲーだな」

 わたしは天を仰いだ。

「じゃあ、わたしは、わたしは、たとえば帝国のことを何一つ知らなくても、帝国の誰とも会っていなくても、内通者として裁かれる可能性があるということか」

 それが豚の処刑理由だった。国を売った売国奴。魔王を呼び覚ました神を恐れない異端者。ゲームの画面を見ている時はそんな大げさな罪名は右から左に流れていく情報に過ぎなかった。泣きわめく豚の台詞はBGMで処刑の場面はただのスチルに過ぎなかった。

 “わたしは何もしていない。わたしは何も知らない。ただ巻き込まれただけなんだ”

 豚の痴態を冷ややかに見つめる民衆とプレイヤー。彼らは豚の罪を疑っていない。わたしも疑っていなかった。ほんのひとかけらも。

 ここでは何をしなくても、罪を押しつけられる。

 なんという壮大な張りぼての世界だろう。ひどい脚本に間に合わせの役者。見るに値しない三文芝居。それにわたしは巻き込まれているというのか。

「わたしはどうしたらいいんだ」周りの空気が一気に重くなったような気がする。「どうすれば、これから抜けられる?」

「これはあくまで仮定だ」トールの声は優しかった。「全く関係のない場所に逃げたら、そこまで結末はおってこないかもしれない。マーガレットさんの言っていた物語から降りるという選択肢だ。今マーガレットさんがそれを実験してくれている。俺には怖くて選べなかった選択だよ。もしこれが有効だとわかったら、どんな手段をつかってもこの国を出て行けばいい。そうすれば俺たちは助かる」

「助かるだろうか」

「それが、有効なら」

 一度聞けば消えてしまう音でしかない言葉だった。だがわたしはそれにしがみつきたかった。それが熱にさらされると解けてしまう氷のようにはかないものだったとしても。

 そのとき隣に座っているクラリスがそっと膝に手を置いた。わたしがその手をすがるようにつかんでも彼女はその手をどけなかった。ごめんね、クラリス。こんなに脂ぎった手でつかむなんて。

「問題はこれに俺たちがどう関わるかだ」

 トールはわたしの気が落ち着くのを待ってから話を続ける。

「俺たちのとれる行動は二つだ。じいさんを助けるか、関わらないか」

「助けたら、わたしたちが“村”に火をつけたことになるね。イベントとほぼ変わらずにことが進む。わたしたちが犯人になる」

「助けなかったら、たぶんじいさんの命はない。あそこの“村”には用心棒がいた。かなり腕の立つ奴だ。じいさんだけではどうにかできるとは思わない。どうする?」

 そんなの選ぶ余地なんかないじゃないか。

「あの工場や畑は異常だ。あれはここにあってはいけない者だと思う」わたしはゆっくりと手のひらを見た。丸っこい指が開いたり閉じたりする。「あの工場も、アイテムも、“村”も狂ったゲームを再現するためのものだ」

 わたしたちを死に追い込むまがまがしい舞台装置だ。ひょっとしてマーガレット・デュロイの真の目的はあの場所の破壊だったのではないか。いや、マーガレットさんでなくても、わたしがあそこを破壊したい。

「壊そう。あそこにある畑も工場も、あれはここにあってはいけないものだ。あんなものが存在していてはいけない」

 “村”はこの世界を侵略する異界の建造物だ。わたしたちを殺そうとする理不尽の象徴だ。どす黒い感情にぎゅっと指を握りしめる。

「そういうと思ったよ」トールがたばこの灰を落とした。

「まかせとけ。じいさん一人送り込んで死なせたとあっては、目覚めが悪いしな」

「見くびるなよ、若造」

 いつの間に意識が戻ったのだろう。庭師がトールをにらんでいた。「誰が一人で行くといった?家の力を馬鹿にするな」

「まぁまぁ、そんなにおこるなよ。俺たちがいないと“村”の場所はわからないだろう。何しろ地図に載っていない“村”なんだからな」

 トールがゆったりと腰掛けなおして、たばこを探して火をつけた。

「手勢は多い方がいいだろ。俺も呼ぶよ。その前にお互い知っていることのすりあわせをしようか。どうしてそんな大切な花が外で栽培されることになったんだ?」

 やはり予想通りにこの件には豚嫁が関わっていた。わたしの“治療”に使おうとした夜来香の材料に気づいた嫁の手先がこっそりとあの草の株を持ち出したようなのだ。推定になっているのは頭に血が上った庭師が確かめる前に豚邸を飛び出してしまったせいだ。

 あとで締めてやるとかなんとか言っているところを見ると、犯人の心当たりはあるらしい。

「前から夜来香が市井に出回っているのには気がついていた。ただ、それが本物かどうかは確証がなかった。別の植物からもあの香に似たものを作ることはできるからな。誰かが大規模に栽培しているなどという話は、想像もしてなかった。アレを作れば土地が死ぬ。そんなことをする人間がいるなんて、信じられん。ましてやアレを治療薬として使うなど」

「だけど、薬として使うために何株か残しておいたのだろう?」

「そうだ、だがアレを自力で薬に精製できたものは知る限りいなかった。治療薬の調合は暗号化されていて王家の者でなければ解読できないはずだ」

「王家の者ねぇ」

 わたしとトールの目が合った。ゲームの攻略者の中に王子がいた。漏れたとしたらそこからだな。

 わたしたちは“村”の外にある地図にも載っている村の宿に泊まって、それぞれの手勢を集めることにした。

 作戦は庭の師匠とトールが立てた。

「なるほど、そうやって短期間に畑と工場を焼き払う予定なんだね」

「ああ、マーガレット・デュロイが行う予定だった作戦を改良した。より効率的に破壊できるはずだ」

「それで」わたしは体をもじもじさせた。「わたしはなにをすればいいのかな」

「家に帰っていいよ」

 トールはわたしの参加をすっぱりと断った。

「いや、しかし、これはだね」

「現場にいても邪魔だろ」

 無慈悲な宣告が下る。

 確かに豚に荒事はさせられないよね。それはわかっているんだよ。でももうちょっと。仲間意識というか、協力関係というか、うん、わたしも参加したいんだよ。

「じゃあ、後方支援を頼むよ。ここにいて何かあったら助けに来てくれ」

 邪魔にならないところで待機しろ、そういわれた。

「ウィリアム様、わたしたちが守りますから大丈夫ですよ」がっかりしたわたしの意図を誤解したクラリスがどこからか短剣を出して構えて見せた。「兄とその手下も呼びましたから、ご安心ください」

 笑顔は天使のようだが、手にした刃物が鈍く光っている。クラリスって、こんなキャラだったかな?どうして、ゲームの中では豚の餌食にされたのだろう。こんなキャラなら逆に豚のほうが餌食にされるんじゃないの?

 役を振り当てられていないわたしは暇だった。あまりに暇なので、また周りの村を巡回することにした。以前にいけなかった村を回ってわたしが密かに古き者を呼ぶ儀式だと思っている祈りを繰り返す。

 まさかだが、この儀式でクトゥルーの邪神が復活するとかいうはなしはないだろうな。ただの魔王よりもあっちの方がよほど手強いような気がする。魔王だと倒せそうど古き神は倒せる気がしない。

 祈りを捧げると、村の住人は素朴な感謝を捧げてくれた。本気で喜んでいるのがわかるので、悪い気はしない。こんなことならもっと早めに回っておくべきだったと不覚にも思ってしまう。

「この村に領主様がいらしたのは先々代が訪れて以来です」

 とある山間の村でそういわれた。

「本当にありがたいことです」

 本当はこんな僻地に来るつもりなどなかった。ただめぼしい村は周り尽くしてしまったから、こんな小さな村にも立ち寄ることにしたのだ。

 村娘が汚い手で汚い器に入った飲み物を渡そうとする。

 以前の潔癖ウィリアムだったらはねつけていたのだろうけど、少々の不潔さになれた新生豚公爵はありがたくいただきます。全く期待していなかったが、意外にもなかなかおいしかった。炭酸の効いたファンタそっくりの味だ。

「麓の村で手に入れた葡萄水です」最近訪れるようになった商人から試供品としてもらった一品だという。あまりにおいしいので、客人が来たときに出しているのだそうだ。

「新しい商人?」

「はい、まだ若い男ですがなかなかのやり手です」

 いやな予感がした。

「なんという名前の商人なのですか」わたしの意向を受けたクラリスが尋ねる。

「ルネ? ルイ? ルージー? そんな名だったかと」

 わたしは黙って村娘に器を返した。

 予感というものはあたるものだ。麓の村に降りると商人Aが待っていた。

 待ち構えていたといった方がいいかもしれない。

「公爵様、これは、これはお久しぶりでございます」

 明るい笑顔で、ゲームの中に出てきたままの笑顔で商人Aはわたしたちを出迎えた。

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