「本当にここでいいのかしら」
僕とフラウはその建物の前で立ち尽くした。
無秩序に建物が並んでいるこの区画の中でも、その建物が建っている場所は異様だった。案内した人たちがみな一様に逃げるように消えていったのが分かるような気がする。
建物自体は周りとあまり変わりがなかった。すくなくとも、形だけは。
その壁全体はピンクに塗られていた。そこに鮮やかな水色の柱が浮き出ている。
正面にはおおきな看板が掲げられて、ようこそ、ねこのやかたへ、と書かれていた。それが、一文字づつピカピカと光っている。
実は周りの建物も一応光ってはいた。でも、どういう術がかけてあるのだろう。この建物だけ異様な空気を醸し出している。
「ラーズ曹長が、ここに泊まれって……」
「本当の本当にここだったの?」
「うん、間違いないと思う」
今からでも他の場所を探そうか、と一瞬考えた。けれど、勝手を知らない歓楽街で行き当たりばったりの宿を探すのはとても危険だった。大切な荷物を抱えているのなら、なおさらだ。僕はそっと背嚢の底を触って、預けられた箱を確かめた。
これをなくしたら、僕がばらばらになってもとうてい弁償することはできないだろう。
「ラーズ曹長の紹介ということは、そういう店なのかしら」
僕も同じことを考えていた。フラウの外見は、危険だ。
「フラウ、頼りないかもしれないけど、全力で守るから」
「自分の身は自分で守るけれど、ねぇ」
無理にでも砦の中に入ればよかっただろうか。僕は、そっと入り口の扉に近づいた。
浮き出した看板の、豊満な女性が投げキスをしてきた。
その残像を手で払って、扉を叩く。
「どなた?」
低い男の声だった。門番がいるらしい。入り口の小さな扉が開いて、誰かがこちらをうかがっている感じがした。
「あの、僕らは、13砦の兵士です。ラーズ曹長からの紹介で、こちらの……宿に泊まるようにと」
「ラーズ?」
「ラーズ曹長です」
「ちょっとそこでお待ちを」
扉が閉まった。
入れてもらえるのだろうか? いや、むしろ門前払いをされたほうがいいのかもしれない。ここはどう考えても普通の宿ではない。
フラウのような少女をそんなところに連れ込んでいいのだろうか。“僕”の常識が頭をもたげる。本人が大人だと主張しているから、合法だろうか? それとも、明らかに外見が子供だから、法に引っかかるだろうか?
そんなことをぐるぐると考える時間があるほど待たされた。
「どうぞ~~。お入りになって」
僕の思考を止めたのはやけに間延びした呼び声だった。
けばけばしい扉が中から開かれる。
僕とフラウはおずおずと建物の中に足を踏み入れた。
濃厚な化粧品の匂いがあたりを漂っていた。洗濯女たちが勝負するときに使う高価な白粉の香りだ。
「ようこそ~。子猫の館へ」
僕たちを出迎えたのは、やけに大柄でけばけばしい真っ赤な衣装をまとった女将だった。一目でここの主人とわかるほどの光る装飾品を身に着けている。
「あらあら、なんてかわいらしい子」
彼女の目は僕のほうに向いている。
え? 僕は後ろを振り返った。
誰もいない。
振り返ると、女将がまだこちらを見ている。恐る恐る視線をたどってもフラウのほうにはむかっていない。
赤く塗られた唇がにぃっとあがる。
優雅に手にした羽扇子であおると、強い香水のにおいが漂ってきた。大きく胸元の開いたドレスからは濃い胸毛が……
胸毛?
僕は固まった。
「こちらにいらして」
女?将は低い声で僕らをさそうと、しなりながら背を向けて奥の部屋に僕らを案内する。
奥に行くと、恐ろしいものが待っている気がする。“お化け屋敷”の前で入ろうか、入るまいかと“僕”が迷っていた時のことを思い出した。
フラウのほうを見ると、彼女は小さくうなずいた。
「守ってあげるから、安心して」
女の子にいわせる言葉ではない。でも、僕は素直にすがるしかなかった。
奥の部屋はとても乙女な部屋だった。装飾品はピンクと水色で埋め尽くされ、かわいいぬいぐるみがいたる所におかれている。
中央の華奢なソファーには、女?将と同じくらい派手なドレスを着た漢たちが行儀よく座って、お茶を飲んでいた。よく椅子が壊れないものだと奇妙なところに感心する。
「あらあら、これは驚いたわ」
「ラーズの部下だというから、どんな子かと思えば」
「今回の子はおおあたりじゃない?」
あつく注目された僕は部屋の入り口から動けなかった。
「好きなところに座っていいのよ」女?将は僕に片目をつぶって見せた。
「どうぞ、どうぞ、お座りになって?」
「ちょっと、もう少し寄りなさいよ。この肉布団。寄らないと座る場所ができないでしょ」
「坊や、遠慮せずにいらっしゃい。あたしの膝の上に座ってもよくてよ」
彼女?たちは裏声で僕たちを促す。
「あの、こちらは宿屋なのですよね」フラウが咳ばらいをして、僕の代わりに話をする。
「私たちはその、客としてきたわけではなく……」
「もちろんよ。お嬢ちゃん。ここは宿屋よ」
背の高い、かなりうまく化けている白い服を着た人がやさしく微笑んだ。
「ちょっと、他の副業もしているけれど、ただの宿屋よ。安心してね。この町で一番安全な宿屋であることは保証付きよ」
そうだろう。そうだろうとも。
目の前の男たちの腕はラーズ軍曹並みに太かった。一見細く見える人もいたが、鍛えた筋肉は隠せない。
僕は町の人たちの不思議な態度を思い出す。どんなに危なそうな奴らでもここの名前を聞いた途端態度を変えた。
みんな、ここがこういう場所だと知っていたに違いない。
「ようこそ、かわいい猫の館へ。私がここを取り仕切っているヴェルミオンよ。ヴェル姐さんと呼んでね」
濃い胸毛が目立っている女?将が名乗りを上げた。
「お名前をうかがってもいいかしら」
「な、名前ですか?」
偽名を名乗ったほうがいいかと一瞬思った。でも、すでに所属部隊はばれている。
「アーク、第13砦所属のアーク伍長です。こちらは、フラウ」
「アークというのね。すてきな名前ね。私の名前はローザよ」
「あたしはヴァイス」
「私はブラウ」
次々に源氏名を紹介される。
立ち上がると僕よりも背が高い人が多い。筋肉の量も負けている。
みんな、一様に笑顔なのが怖い。楽しそうに笑いかけられて、背筋が凍るという体験は初めてだ。
「ちょうど、あたしたち、午後のお茶会をしていたところだったの。よかったら、貴方もいかがかしら。一緒に楽しみましょう」
手をつかまれた。
「いや、その、それは、ちょっと……」
「いいのよ、遠慮しなくても」
なぜか羽交い絞めにされた僕は足をばたつかせる。
背後に回る気配すらしなかったのに、いったいこれはどういうことなのだろう。
「そうそう、これから楽しくなるところだから」
耳元に息を吹きかけられて、全身の毛が逆立った。
ガチャン。何かが割れる音がした。
フラウが目の前にある茶碗をたたき割ったのだ。
「ごめんなさい。粗相してしまって。私たちはつかれていて、早く部屋で休みたいんです。ご招待はまた今度で」
ありがとう。女神様。今のフラウは戦の時以上に輝いてみえる。
「そうよね。気が付かなくて、こちらこそごめんなさいね。予想外に若くてかわいい子だったから、舞い上がってしまったわ。じゃぁ、このままお部屋にご案内でいいかしらん」
「はーい、一名様ご案内~」
「ちょっと、違うでしょう。二名様でしょう。フラウ、助けて!」
どこかへ連れ去られる僕をフラウが追う。
「うわぁ、どこを触っているんですか、どこを」
階段を上って、長い廊下。曲がりくねった廊下が上下さかさまに見えて……
記憶が飛んだ。
気を取り直した時は寝台に腰を掛けて頭を抱えていた。フラウが隣で背中をなでてくれている。
記憶の中で、裏声の笑い声と異様にごつごつした手につかまれる情景が繰り返されている。
「ううううううう、こわいよぉ」
どうやら、僕はぶつぶつと何かつぶやいていたらしい。
「フラウ、いったい僕は何を?」
「正気に戻った?」
心配そうな黒い瞳が覗き込んでいた。
「フラウ、僕は一体?」
「おやつですよ~」
その時扉がバタンとあいて、白いドレスの人が現れた。たしか、ヴァイスと名乗った人だったはずだ。
僕の体がとっさに反応して、寝台の向こうに隠れる。
「お茶とおやつをもって……あらあら、隠れることはないじゃない。さっき、ちょっと怖がらせちゃったかしらん。ほら、怖くない、怖くない」
「いい加減にしてください」フラウが怒っている。「嫌がっているのが分からないのですか?」
「さっきは本当に申し訳なかったわ。みんなで、悪乗りをしただけなのよ。久々の上物にあたしたちも興奮しちゃって。やりすぎてしまったのよね。初心な子って、ステキ」
「だから、そういう言い方をするから」
「アークちゃーん。ほら、おいしいお菓子とお茶よ。いい香りでしょう」
僕は餌付けされている野生動物になったような気がした。もので釣られるなんて、いったいいくつだと思っているのだろう。
だが、本当にいいにおいがする。甘い上質な茶の匂いと小麦の焼けた焼き立ての菓子の匂いだ。
そろそろと顔を出した僕に彼女?は微笑み返す。
「ね、おいしそうでしょう」
彼女?は机の上にお茶と菓子皿を並べた。“クッキー”だ。僕らはめったに食べることができない上品なお菓子の一つだ。砦でこんなものを砦で出そうものなら、三秒もたたないうちに皿が空になっているな。僕は争奪戦を行う野郎どもの姿をまざまざと思い浮かべる。
「さっきは本当にごめんなさいね。いつもはもっとちゃんとした対応をするのよ。今日のは|特《・》|別《・》|な《・》サービスよ」
そんなもの、いらない。
「おかげで大事な話もできなかったわよね。ラーズたちからあれを預かってきているのでしょう。いつ、換金に行くのか打ち合わせをしておかないと……」
「かんきん?」
「うわぁ、その話、ちょっと待って」
フラウに聞かせたくはない話だった。ラーズ曹長から、フラウちゃんには内緒、と何度も念を押されていたのだ。
「そうよ、あら、貴女、聞いてないのかしらん……」
やめて、フラウの前でその話はしないで。
僕は必死にごまかそうとした。
「まって、話が違う。合言葉とか、そういうものがあっただろう。手続きというものが」
「ああ、あれ。そういえば、そういう取り決めがあったわね。でも、いつものことだから、そんなもの省いちゃってるわよ。小さいことは気にしない、気にしない」
「アーク」
静かにフラウが僕の名前を呼ぶ。
「なにか、隠していることがあるでしょう」
彼女が外見通りの年齢ならば、何とかごまかすことができたかもしれない。
だけど、無理だった。
僕は洗いざらい隠し魔道具のことを吐く羽目になった。
ラーズたちに換金してくるように押し付けられたこと、従わなければひどい目に合うと脅されていたこと。フラウちゃんには秘密、といわれたことまで話した。
「その、道具はどこにあるの」
フラウは冷静に僕を問い詰める。
「ああ、鞄の中に」
“刑事さん”に自白する泥棒になった気分だ。
僕が渋々鞄の中から、曹長たちに預けられたものを取り出すと、ヴァイス姐さんも身を乗り出す。
「開けて」
僕はため息をついてふたを開ける。ラーズ曹長に何と言い訳をしよう。砦のどこかで闇討ちにされる未来がちらつく。
「あら、すごい」
「まぁ」
僕以外の二人が息をのむ。
「今回はなかなかの逸品ぞろいね」
「わかるのですか?」
「もちろんよ。あたしがつなぎ役なんだもの」
ヴァイス姐さんは胸を張る。
「つなぎ役?」
「そう、あたしがお店に案内して、そこで交換をするの。彼らは光の種とか金を得ることができる。お店はいい品物を仕入れることができる。いい関係でしょう」
フラウの責めるような目つきにも彼女?は涼しい顔のままだった。彼女?に何を言っても無駄だと悟ったフラウは責める矛先を僕に帰る。
「アーク、何をしているのかわかっているの?
あなたのしていることは横領。軍に納めるべきものをかすめ取る行為なのよ。これ、本来なら遺物として上にあげるものでしょう。軍の物資を奪うなんて、罪が重いわよ。運がよくても黒の砦行き。下手すれば、処刑よ。いいの?」
「でもね、フラウ。この仕事をしないと僕の命が危ないんだ。軍法会議の前に殺されるよ。これを10000で売らないと、僕の臓器を換金してこいって、曹長にいわれたんだ」
「あらぁ、臓器でなくても売るものはほかにあるわよ」
姐さんが恐ろしいことをいう。
「臓器でも、他のものでも売る必要なんて……まって、今、なんといったかしら?」
「臓器を売る?」
「ではなくて、10000?」
「やはり、高値を見積もりすぎだよね」
僕は驚いているフラウに言い訳をする。
「そんなに高く売れるわけないよね」
「アーク、何を言っているの? 10000なんて、安すぎる。これ一つで桁二つ多いわよ。ものによってはさらに桁が一つ……ヴァイスさん」
「は、はい、なんでしょう」
きつく呼びかけられて、ヴァイス姐さんの声が裏返る。
「あなた、これがいったいどれほどの価格で取引されているかご存じのはずですよね」
「え、いえ、まぁ」
「なんですか、この価格差は。ひょっとして、あなたたち……」
「ち、違うわよ。ここら辺では10000が適正な価格なのよ」
そういいながらも、ヴァイス姐さんの目が泳いでいる。
「ほら、ここから、きれいに整備して、磨いて、色々と細工するでしょう。細工代がおそろしく高くつくのよ、ねぇ」
僕に同意を求められても困る。
「これを売りに行くといったわね」フラウが僕に確認をとる。「いつ?」
「いつ?」
僕はヴァイスさんにきく。
「まぁ、早ければ早いほどいいかしら。そんな高価なものを持って歩いていると面倒だと思うの。そ、そうね、今からでもいいわ」
「今すぐに、ですね。いいわ。私もついていきます」
僕とヴァイスさんは思わず目線をかわす。
「え? 姫様も?」
「ええ。私が価格交渉をします。いいですね。適正な価格で買っていただきます。そうでなければ、このことを上層部に報告します」
「上層部って、それは……」
「砦で不正な取引を行うものがいること。それを市中に流している人がいることを報告します。先にいっておきますけれど、私の身に何か起これば、必ず調査が入ると思うの。余計なことを探られたくないわよね。きっと」
「鬼畜……」
ヴァイス姐さんがつぶやく。
「なにかいいましたか?」
「いえいえ、なんにも」
ヴァイス姐さんは気を取り直したように手を叩く。
「そうよ、そうと決まったからには、さっさとお店に行きましょう。ちょっと待っていてね。お出かけの準備をしてくるから。すこしだけ、待っててね」
彼女?は扉のところで僕に片目をつぶって、投げキスをしていく。
「いいの? フラウ。その、横領とか、なんとか……」
「ああ」
フラウはため息をついた。
「確かにそれはそうなのだけれど、砦の状態を考えると致し方ない気がするの。本当はいけないことなのよ。いい。アーク」
フラウがグイっと僕に顔を近づけてくる。
「ラーズ曹長たちが今度何か言ってきたら、私に必ず報告して。階級だけは私のほうがずっと高いのだから」
なんだかいいにおいがする。フラウも僕たちと同じくらい汚れているにもかかわらず、日向のようなにおいがした。
「あ」
いい雰囲気のところだったのに、ヴァイス姐さんが引き返してきた。
「お風呂があるのよ。入りたくない? 女の子には支度が必要よね。あ、もちろん、男の子にもよ」
結構です、といいたいところだけれど、フラウの顔が輝いた。
「のぞきませんよね」僕は確認をする。
「のぞかないわよ。女の子の体には興味がないもの」
彼女?はにこりとフラウに笑いかける。
僕は案内された浴室に鍵をかけた。本当は備え付けてあった大きな花瓶を扉の前に置いておこうかとも思ったくらいだ。
浴室はどこかで見たことのあるような作りだった。ああそうか。“僕”の記憶の中にある“ユニットバス”に似ているのだ。蛇口をひねるとお湯が出る。こんなところまで、”僕”の世界に似ているなんて。
温かいお湯の中につかるとほっとする。
こういう浴槽に一人で入るなんて、僕には初めての経験だった。いつも、誰かと一緒の浴槽に入っていた。ここでは共同浴場が普通なのだ。一人用の風呂なんて、金持ちか商売用のものだ。
こうやって足を延ばして湯を独占できるなんて贅沢の極みだ。“僕”には当たり前の習慣なのだけれど。
“僕”の経験が体を洗うせっけんやタオルを探す。たくさん瓶が並んでいるけれど、これは“ボディーソープ”とか、“シャンプー”の類なのだろうか。ふたを開けるとつんとした酢のにおいがする。
「はーい、アークちゃん」
鍵をかけていたはずの扉が大きな音を立てて開く。赤い布が視界いっぱいに広がった。
「うわぁああああああああ……なんで、ここに入れるんですか?!」
鍵はかけておいたはずだ。やはり、花瓶を、いや、そこにある戸棚を移動させておくべきだったか。
「ほほほほほほ、細かいことは気にしないで」
女将は豪快に笑う。
「お背中を流しにきたわよ~ん」
「結構です。お断りします」
僕は思わず湯船の中に手にした瓶を落としてしまう。
途端に泡がわいてきた。何の反応なのかはわからないが、大量の泡が僕の体を包み、頭もつつみ、すべてが泡となる。
目も開けられない。息もできない。慌てて振り払おうとするが、周り中泡の感触しかない。
「げほげほげほ」
力強い腕が僕をつかんで泡地獄から引っ張り出してくれた。
「あらあら、これは困ったこと」これはヴァイス姐さんの声だ。「生きてるかしら」
目を開けようとしたが、泡が入ってしみた。
乱暴に布で頭がぬぐわれる。
「ヴェル様、いくら何でもやり過ぎよぉ」
「あら、あたしは何もしていないわ。ほんとうよ。この子が間違えて瓶を落としちゃっただけよ」
言い訳がましい女?将がすねたような声を出す。
「アークちゃん、大丈夫かしら」
ようやく目が明けられるようになった。目の前にいるのは質のいい上着を意気に着こなした優男だった。薄い青い瞳が僕を心配そうに見つめている。
「ああよかった。お風呂で溺れるところだったわね。でも、きれいになったわ」
声と口調はヴァイス姐さんのものだった。
この、イケメンがヴァイス姐さん?
思わず僕は彼を見つめる。嘘だろ。
ヴァイス姐さんは嬉しそうに頬を赤く染めた。
「やだやだ、アークちゃん。そんなふうに見つめないで。誤解しちゃうかも」
げ。
「ひょっとして、アークちゃん。男装した子のほうが好きだとか。あたしもちょっとお着換えしてこようかしらん」ヴェル姐さんが残念そうだ。
「ヴェル様、悪いけれど、今からお仕事なのよ。この子をじじいのところへ連れて行かないといけないの。それはまた今度、ね」
そういって、ヴァイスさんはまだ泡にまみれた僕に体をふく布と包みを渡す。
「これに着替えてきてちょうだい。ちょうどいいくらいの大きさだと思うけれど」
僕は包みに目を落とす。
「お出かけするのに、軍服じゃぁ困るでしょう。ああ、それから、その腕輪をはずして」
「でも、これをはずすと脱走扱いになってしまう」
僕が断ると、姐さんは首を振った。
「今から行くところに、その認識票はだめよ。軍の連中に居場所がばれてしまうでしょう。アークちゃんは、今日一日この館で|楽《・》|し《・》|ん《・》|だ《・》のよ。|あ《・》|た《・》|し《・》|た《・》|ち《・》|と《・》」
「……」
僕は素早く与えられた服を着た。よく下町の商人が来ているような服だった。目立つヴァイスさんと一緒にいても不自然ではないかつ目立たない絶妙な衣装だ。
「あ、アーク」
現れたフラウが着ていたのも似たような服だった。ただ、彼女の場合はフードで顔を隠すような衣装だ。
「この衣装なら、襲われることもないでしょう」満足そうにヴァイスさんはフラウを検分する。「どこから見ても、かわいい男の子だわ。ああ、本当に男の子だったらよかったのに」
僕はフラウが女の子でよかったと思う。この館の中で一番安全なのは彼女のそばだ。僕はそう確信した。