第6話 遺跡

 予想していた通りに、フラウの脚は遅かった。そんなに急いでもいない偵察任務なのに、僕とフラウはみんなから遅れに遅れた。

 まだ乙女という年にすらなっていないフラウを大人と一緒の速さで歩かせるのは無理だった。当然、手助けをしていた僕は遅れ、野営地についた時にはもうすべての準備が整っていた。テントも食事も何もかもだ。

「遅いぞ」

 今回の隊長を務めているライク准尉が文句を言った。だけど、ほかの人たちは誰も僕たちを責めなかった。いつもの偵察任務なら、夕食抜き、見張り一晩とかいいそうな荒くれ者たちも黙っている。

「ごめんなさいね」

それでもフラウは僕に謝った。

「いいよ。大丈夫。君に無理をさせているのはみんなわかっているから」

 みんな、フラウには甘い。

 まだ子供で、女の子だというだけではない。

フラウは光の化身に例えられる美女像にはほど遠い。“僕”の目からしたら、数年後がとても楽しみな美少女だが、ここに基準では下のほう。黒い髪黒い目であるという時点で美人の枠から外れてしまう。

 それでも、フラウにはどこか人を引き付ける素質のようなものがある。気が付くと彼女のことを気にかけている、そんな性質だ。どこか侵しがたい気品があるのだ。こんな辺境の地においてすら。

 凛とした美しさとでもいうのだろうか。お嬢様育ちの彼女には今の生活はとてもつらいはずなのに、一番親しいはずの僕にすら愚痴も言わない。

なんだろう、そんなところが支えてあげたいと思う心になるのだろうか。

 それに……

 “……を助けて……どうか……”

 昨日久しぶりに“僕”の日常ではない夢を見た。だれかが繰り返し、繰り返し、つぶやいている夢だった。

 フラウを助けて……夢の中でずっとそうささやかれていたような気がする。

「しっかり食べておけよ」

 夜の当番が食事をよそってくれた。即席の汁だがなかなかおいしい。いつもは食事当番のようなめんどくさい仕事は下っ端の僕に振られていたから、久しぶりの仲間たにんの料理だ。人から作ってもらう料理というのはとりわけおいしいと感じる。

「ここ、いつも使ってるの?」

 フラウがあたりを見回して尋ねる。

「そうだよ。ここは奥地へ探索に行くための基地なんだ。入れ代わり立ち代わり、しょっちゅう使っているから、物はそろっているよ」

 僕は、掘立小屋にフラウを案内した。

「こういう場所がこの周りにいくつかあるんだ。今度来るときのために覚えておくといいよ」

 明日はきちんとした小屋に泊まれるかどうかはわからない。

 隊長のライクの話によると、今回の偵察はいつも行かない場所に行くらしい。最近周りの遺跡は漁りつくして、新しい場所の開拓が必要になったのだそうだ。

「明日は野宿になるかもしれないね。雨が降らなければいいなぁ。大丈夫かな。フラウ、初めてだろう? 外で寝るのは」

「ううん。前にも経験はあるの。学校の合宿で実習があったの」

「そうか。上級学校でもそんなことをするんだ。知らなかったよ。お嬢様だから、てっきり、遠足なんて行かないものかと思っていた」

「あるのよ。びっくりした? 野外学習といって、でも、ちょっとした旅行のようなものなの」

 野外学習が楽しい出来事のようにフラウは語った。

初級学校の野外訓練とはずいぶん違うのだろうな。

僕は地獄のような訓練を思い出した。怪我をする者が続出し、時には死人も出ることがある実習だった。フラウの学校はやはり“僕”のほうの“学校”に近いのだろう。

「みんなで歌ったり、食事を作ったり、そんなことをするのかな。楽しそうだね」

「そうね。主に、外での光の使い方を学ぶ実習なのよ……野外にはお父様とも行ったわ。いつかこの経験が必要になるときが来るかもしれないといって……でも……」

 フラウは黙った。初めて聞くフラウの家族の話だった。

「あ、明日は新しい坑道にいくらしいよ」

 僕は話をそらせた。

「新しい坑道は何がいるかわからないから危険だけど、いいものが手に入る確率も上がるんだ。珍しい装飾品が手に入ったら、それこそ、大金持ちになることもできるんだって。僕はそんなものは見たこともないから、何とも言えないけれどね。金持ちになったら、何を買おうかなぁ……フラウにもなにかきれいなものを買ってあげるよ。姐さんたちはいろいろな首飾りを持っているんだよ」

「アークは何が欲しいの?」

「あ、僕ね。僕は光の種をたくさん買うよ。それを妹のところにもっていくんだ」

「病気の、妹さん?」

「そう。光の種があれば、病気が治ると聞いたんだ。現にこの前送った種を使ったら、体が楽になったと手紙が来た」

「光の種って、そんな使い方ができるの? 光の量を増やすために使うのだと思っていたけれど」

「うん、それが主な使い方みたいだね。知ってるよ。潜在能力を上げる使い方だよね。砦の中にもレベルを上げようと頑張っている人もいるから……例えば、ヘルドみたいに」

「彼は等級レベルを上げたいと思っているの?」

「そうだよ。そのために一杯、種をためている。次に監督官が来たら、異議を申し立てるんだって」

「そう。アークは、同じことをしようと思わないの?」

「僕は、無理だよ」

 僕は知っている。一度決まった等級レベルを上げるのは大変なことなのだ。等級監督官たちはめったなことで一度決めた等級レベルを変えることはない。ヘルドのようにぎりぎり内地の勤務に変えられる等級ならまだしも、僕の等級レベルはここでもらえる光の種を何十年貯めても上がらない。上がったら逆に変な疑いをかけられてしまう。

「ただでさえ、黒髪、黒目なんだよ。それだけで、レベルを低く判定されるのに」

「そんなことないわ。黒髪、黒目でも光術が使えれば光るはずだもの。素質があれば、きちんと判定されるはずよ」

「きちんと判定すれば、ね。でも、レベルが低いって決まっている僕たちのような下層民をきちんとはかろうとする奴なんていないよ。逆に、僕らが魔力が高ければそれはそれで厄介だろう」

 フラウが奇妙な目で僕を見た。

 おかしなことを言っただろうか? 僕はひやりとした。常識的なことを言ったつもりだった。そんなことを信じていないことがばれるような何かを口にしただろうか。

 フラウといるとついつい口が軽くなってしまう。向こうの“僕”が友人と話すときの気安さで、話しかけてしまう。彼女が“お嬢様”だったことを知っているのに。ついつい“同級生”の女の子たちと話すような感覚で。

 “向こう”の常識はこちらの非常識だ。決して口にしてはならない“夢”の話だ。

 そして、フラウはとても賢い子供だった。

 ライクが新しく開拓したいと思っている場所は意外にもこの野営地の近くにあった。こんな砦から近い場所なのにいままで偵察に行ったことがないとは驚きだ。

「おい、装備は多目に持って行けよ」古参兵が忠告してくれた。

「あそこは、近場だが、危険なところで何度も調査を中断しているんだ。何かあったときのために備えろよ」

「そういうところなら、黒翼の連中も荒らしていないかもしれないね」

 僕は黙って荷物を詰めているフラウに話しかけた。

「ものすごい、お宝があるかもしれないな」

 その場所は、大きな木の陰に隠された穴の中にあった。草の根を伝って穴の中に降りるとそこにはぽっかりと空間が広がっている。

「ここから先は二人で行動するように」

 ライクが隊のものを集めて指示を出した。もちろん僕とフラウは組まされた。

「アーク、フラウを補助してやれよ」

 一部分しか書かれていない地図を渡しながら、ライクは念を押す。

「今わかっているところはこの地図に書いてある所だけだ。残りはそれぞれが埋めていくように」

「光板は使わないの?」

 フラウがそっと聞く。

「光量不足。それにこの場所では、光につながるのは難しい」

「黒翼のいる場所だから?」

「それだけじゃなくて、ここは繋がりにくい場所だと聞いた」

 そういえば、なぜこの場所で光が使いにくいのか、その理由は僕も知らなかった。フラウがいっていたように黒翼たちがいるから使えないのではなく、使えない場所だから黒い民が追放された、というのが正しいらしいのだが。

 僕らは灯りをともして、他の人が行っていない方向に向かった。洞窟の中は暗く、明かりで照らしても先は見通せない。どこかで水の滴る音がする。じめじめとした床に汚い水が溜まって、足元が危うい。

「まっすぐ行って、左に行くみたいだな」

 僕は手元の紙を照らしてみる。暗い地下の通路で暗い気分になっている僕とは違って、フラウはなぜかとても楽しそうだった。

「みて。ここ、遺跡の中なんだわ」

 フラウが汚い汚れのついた壁をぬぐってもようを覗き込む。

「これ、壁に文字が掘られているでしょう」

 僕はあまり触れたくない壁をおそるおそる触れてみる。

 案内板だろうか。何かの文字のようなものが浮き上がって見える。

「フラウ、詳しいんだね」

「私の家はこういうものを研究していたの」

 フラウは熱心にあたりを調べている。

「最近ではここほどの遺跡は残っていないとされていたのに」

「へぇ」

 フラウの家は学者の一族だったのだろうか。僕には遠い世界の話だった。

「砦もなかなか価値のある遺跡だけれど、未盗掘の遺跡というのはとても珍しいのよ」

 興奮しているのかフラウはいつもよりも饒舌になっている。年相応に、年に似合わない話題ではしゃいでいる彼女はいつもにましてかわいらしい。

 彼女は得々と僕の知らない古い時代の話を話してくれた。どうもここは大災厄以前の町で、光の技術がなかったころの町らしい。“僕”の理解からすると、“あとらんてぃす”とか“むー”レベルの話なのだろうか。

「じゃぁ、いい宝物が見つかるかもしれないんだね」

「というよりも、この遺跡自体が宝物ね」フラウはあちらこちらを明かりで照らしてみている。

「本当はもっと本格的に調べたいのだけれど、光板がないときちんとした測定もできないわね」

 僕は奥のほうの通路を照らしてみた。何かが灯りに反射してきらりと光る。

「なぁ、何か光ったよ。お宝かもしれない」

「アーク、気を付けて。こういう遺跡は崩れやす……」

 最後までフラウの言葉は続かなかった。

 足を踏み外すような感覚。足元のぬかるみが急に消えたような気がした。

 地面が、ない?

 僕はとっさに手を伸ばして何かをつかもうとしたが、指先には何もかからない。

 フラウの小さな悲鳴が聞こえた。

 たたきつけられるような衝撃を背中に感じた。そのまま、加速して下に滑っていく感覚がある。

 “コウソクすらいだー”。“僕”の頭の中で水着を着て滑り落ちていく映像がかすめた。

 必死で壁に手を伸ばして速度を落とそうとしたが、加速は続いていく。

『!』

 フラウが何か叫ぶのが聞こえた。

 次の瞬間僕らはどこかわからない空間に打ち上げられ、暗闇の中で下と思われる方向に落ちていき。

 全身を貫く衝撃が来るかと身構えていたが、何かが僕の落下を和らげてくれた。

 それでも、十分に骨が折れたかと思われる衝撃で僕は息ができなくなる。

 痛みでしばらくは周りがどんなところかすらわからない。

「……アーク、アーク」

 フラウの呼ぶ声にしばらくしてからうめき声で生きていることを知らせる。どうやら致命傷は追っていないらしい。かなりの深さまで落ちたような感覚があったのだが、気の迷いだったのだろうか。

「フラウ、大丈夫か?」

 ようやく、小さな女の子を気遣う余裕が戻ってきた。

「わたしは、大丈夫。アークは?」

「僕は……」

 僕は体を少しずつ動かしてみた。大丈夫、ひどい傷はない。

 でも、足を動かすと鋭い痛みが走る。どうやら足首をひねってしまったらしい。

「アーク」

 フラウの姿が照らす灯りと一緒に目の前に現れた。見る限り、彼女はかすり傷程度で済んだらしい。

「よかった。ずいぶん落ちたような気がしたけど、無事だったんだね」

「光術を使ったから」

 フラウはさりげなくすごいことを言う。

「光術をつかった? 大丈夫なのか? 君の光量は?」

「それよりも、ごめんね。アークにもかけたのだけれど、間に合ったかしら?」

「ああ、ダメかと思ったけど、大きな怪我はしていない。でも……足をひねったみたいだ」

 僕はそばにある岩にもたれて、息を整えてた。

 先ほどの人の手が作った場所と違って、ここはずいぶんごつごつしていた。たぶん、自然にできた洞窟の一部なのかもしれない。

「しかし、驚いたな。あんなところに穴があるとは」

 穴などなさそうな場所だったのに、驚きだ。こういうことがあるから地図も作られずに放置されていたのだろう。

 フラウは物も言わずに、僕の足を確かめる。

 重苦しい沈黙に耐え切れずに、僕はあたりを見回した。

 ずいぶん広い空間のようだ。天然の穴なのだろうか。かすかに光る灯りのもとではどこまでこの空間が広がっているのかわからない。

「フラウ、大丈夫だ。ひねっただけだから」

 僕は岩につかまるようにして立ち上がろうとする。

「だめよ。じっとしていて」フラウが僕を押しとどめた。

「でも、まわりがどうなっているかをみないと」

 僕は無理やり立ち上がって周りを明かりで照らしてみた。岩の壁と暗闇。いったいここはどこなのだろう。落ちてきた穴がないかと探したが、暗くてよくわからない。

「まいったな。ここはどこだろう」

 ライクたちが探しに来てくれる、などという気休めをいう気はなかった。ここは地図には載っていない場所なのだ。危険を冒して彼らがやってくることはない。

 自分で何とかしなければ。そう思ったが、足が痛くて動けなかった。

「ちょっと、まって。手当てするから」

 フラウが背負っていた荷物を下ろして布を取り出した。それを巻いて足を固定する。

「他は痛くない? 大丈夫?」

「うん。大丈夫」

「痛いところがあったらいいなさいね、いい? 大丈夫なら、そこに座っていて。ちょっと周りを見てくるから」

 小さい女の子なのに、まるで世話焼きのお姉さんのような口調でフラウは僕に命じた。

「フラウこそ、大丈夫なのかい?」

「私は大丈夫。それよりも、ちょっと休んでいて」

 少女は口を引き結んで、僕のそばから立ち上がると暗闇に向かって歩き出す。

 いったん遠ざかった灯りはすぐに戻ってきた。

「ずいぶん、大きな空間なの。ここは何なのかしら」

「自然の洞窟かな? 前に偵察に行ったときそういう穴に潜ったことがあるよ」

「うーん、壁は自然物らしいけれど、どこか人工物臭いのよ。ここも遺跡の一部じゃないかしら。生き物の気配がないの」

 光板があれば……とフラウはこぼす。

「光板があってもつながらないんじゃないかな」僕が言うと、フラウは目を丸くした。

「つながらなくても、空間探査はできるでしょ。それができれば、この空間の地図を作ることができて……」

「無理だよ。だから、僕らでは光量が足りない。等級が低すぎて、接触することは許されていないんだよ」

 フラウが本当に驚いているのが分かった。

「ごめんなさい。その、アークは……」

「気にしなくていいよ。僕の等級が低いのは生まれつきだから」

「違うの、そうじゃなくて、そうなんだけど」

 フラウは床に目を落とした。

「とにかく、ちょっとこの辺りを見てくるね」

「待って、フラウ」一人で行くのは危険だ、といいかけて僕は言葉を変えた。

「僕もゆっくりと歩いていくから、ちょっと待って」

「無理はしないことよ」小さな女の子に似合わない落ち着いた口調でフラウは僕を諭す。

「ちょっと行ってくるわね」

 彼女は灯りを手にこの空間を調べにいってしまった。

あとに残された僕はため息をついて、背負っていた荷物を点検する。幸いにも落としたものはないようだった。

 どうしたらいいのだろう。僕は途方に暮れる。

 だいぶ下のほうまで落ちたはずだ。フラウの光の技がなければぺちゃんこになっていただろう。

 僕は、星の皇族が飛ぶところを映画で見たことがある。光の翼を広げて、歓呼する人々の上をゆっくりと飛行するのだ。“僕”の世界でよく描かれている天使たちのようだった。あれが、上位貴族の使う光の技だと、町の人たちは噂していた。町に設置されている巨大なスクリーンで時々流される美しい映像の中だっだ。定期的に流されるニュースと呼ばれる映像の中で、僕らは上の等級の人たちの生活を覗き見ることができた。美しい街、清潔な服、僕たちがどんなにがんばっても手に入れることができない夢の世界だ。僕ら下層民はそれをほとんど“ふぁんたじー”として見ていた。

 フラウはその世界から抜け出してきた女の子なのだろう。彼女はこの世界に堕ちてきた天使なのだ。

「アーク。向こうに出口みたいなところがある」

 フラウが戻ってきた。

 僕は痛みをこらえてゆっくりと彼女とその場所に行ってみる。

 灯りで照らしてみると上のほうに張り出した岩場のような場所が見えた。その向こうは暗くてまだ空間が続いているように見える。

「フラウ、この上に飛んでいけるか」

 フラウははっと僕の顔を見上げる。

「君は飛べるんだよね。きっと。だったらこの先に行くことができるはずだ」

「どうして、それを……」

「前に、映像で見たことがある。レベルの高い光の戦士が飛んでいた。僕には無理だけれど君なら、あるいは……」

 僕は地面に腰を下ろして荷物を開けた。

「これを持っていくといい。食料と水、持てるだけ持って。行くんだ。そして、助けを呼んできてくれ」

 フラウの荷物に詰め込む。

「僕の足では、とてもこの壁は登れない。そこから先も無理だ。だから……」

「おいて行けというの?」

「でも、ここでぐずぐずしていてもどうにもならないだろう。だから、誰か助けてくれる人を呼んできてほしい」

「嘘つき」

 フラウが一言つぶやいた。

 ふわりと彼女の周りの空気が揺らいだ。

 彼女は僕の肩をつかんで座らせる。

「いい、そのままじっとして。動かないで」

 フラウは首にかけていたお守りのようなものをはずす。

 彼女の体が銀色に輝き始め、それまで黒だった髪の色が灰色に変わった。

 彼女が目を閉じて僕の足首をつかむ。

 彼女の体が、柔らかい光に包まれる。こういう映像を見たことがある。

 光術だ。それも、高度な。

 フラウの体から、さらに強い光が立ち上る。まるで綿毛が光りながら風に乗って飛んでいくように。

 いや、それよりも。

「“蛍”」

 僕はつぶやく。

 僕の知らない“僕”の見た光景だ。夜の川辺を無数の光が飛び交う幻想的な光景。

「きれいだ」

 フラウがうたれたように顔を上げる。

「今、なんて?」

「きれいだ、すごく」

 集中が途切れたのか光が薄れた。フラウの周りを漂っていた光は消え、でも、彼女のところどころ銀色に光る灰色の髪は残った。

 いつのまにか痛みが消えていた。体が嘘のように軽くなっている。

 僕は恐る恐る立ち上がる。歩いても、跳ねても、なんともない。

「すごい。すごいよ、フラウ。これ、フラウの力?」

 僕はフラウの手をつかんでふる。

「ありがとう。すごい。傷が治ってる。へぇ、すごいや、等級の高い人の光術って」

 僕はすっかり舞い上がっていた。

 フラウの治癒の力が心にまで作用していたのかもしれない。

 僕は興奮した勢いに任せて、上の岩場に縄を使ってよじ登った。

 よかった。

 こういう異様な精神状態でなければ怖くて岩場をよじ登ることなどできない。

 フラウを引っ張り上げて、僕は岩棚の奥を観察した。

 その先には通路のような穴が続いている。

「よかった。フラウ。この先に穴が続いているみたいだよ」

 はしゃぐ僕はフラウの表情が暗いことにようやく気が付く。

「どうした? えっと、力を使ってくたびれちゃったのかな?」

 光術を使うと、力だけではなく、体も気分が悪くなると聞いたことがある。

「ここで、休んでから行く?」

 本当に体が軽い。悪いものがすべて押し出されたような感じがする。僕は、いそいそとキャンプの準備を始めた。

 それまでの焦りが嘘のようだった。

 二人なら何とかなる。

 自分でも舞い上がっているとわかっているが、止められなかった。

「ねぇ、なんで、何も言わないの?」

 僕のほうを見ずにフラウは尋ねた。

「?????」

「アークは見たでしょう。汚い光を。あれが私の力。マダラで醜い、偽物の光よ」

「醜い? そうかな? 偽物って、どうして? 僕の傷は、ほら、この通り。治ってるよ」

 何を言っているのかわからなくて、僕は首をかしげる。

「あのね、アーク。私はみんなをだましていたの」フラウが僕の言葉を遮る。

「あなた、マダラってしってる? 光翼でもなく、黒翼でもなく、中途半端なまじりもの。本来なら存在することを許されない、最も秩序を乱すもの」

 興奮がその言葉で冷めた。

「まだらって、なにが?」

「私の光よ。きれいに光ってなかったでしょう。まだらで、暗いところがあって」

「きれいだったけど?」

「だから、知ってるわよね。マダラがどんなに悪いことか」

「知ってるよ。魔を呼ぶとか、半端で醜いとか。でも、フラウはきれいだったよ。銀色の光に包まれて。それに力は本物だろう?」

 僕は彼女の前で飛び跳ねてみた。

「ほら、もうなんともない」

 幼いフラウのご機嫌を取ったつもりだった。

 だが、フラウを逆に怒らせたようだ。

「なんで、きかないのかな? たいしたことがないみたいに、ふるまうのかな? 私に気を使っているの? 私はね、許されないものなの。秩序に反するものなの。私のせいで、お父様も、お母さまも、みんなが裁かれたの。本当は、こんな力、二度と使ってはいけなかったの」

 泣かせてしまった。そう、僕は感じた。

 フラウは一滴も涙を流さなかった。でも、泣いていた。

 ずっと、ずっと泣いていたのに、僕は気が付いていなかった。

「フラウ。気にしなくてもいいよ。本当にきれいだったんだよ」

「嘘。マダラは醜いの。どんなことをしても許されないの」フラウはかたくなに言い張る。

「フラウ……あのね。気にする人もいるけれどね。僕たちは、この砦にいる人は、気にする人は少ないと思うよ」僕はこれを言うべきかどうかをためらう。「実はね。フラウ。僕もマダラの疑いをかけられたことがあるんだ」

 フラウは目を見開いた。明かりに照らされた彼女の瞳は今までの黒ではなく灰色だった。

「結局、ただの黒い民なのかマダラなのか、もともと光らない体質なのでわからなかったみたいなんだ。フラウ、黒の民の中にはね。かなりの割合でマダラがいるといわれている。ただ見た目で判別がつかないから、放置されているだけだ」

 そう、あの男はいっていた。僕はその記憶を切り離す。

 よりによってあの等級監督官の言葉を思い出すなんて。

 等級監督官は辺境に住む者にとっては悪魔に等しい。そして、僕にとっては恐怖の源…今でもあの男のささやきを思い出すと体が震えそうになる。

「だから、そんなに」気にしないで、そんなもの問題じゃない、という言葉を”僕”は飲み込む。

 僕の体がその言葉を発するのを拒絶した。

 会話が消えた。

 フラウは膝を抱いて黙ってしまう。

 やはり、話すべきではなかっただろうか。僕はどうしていいのかわからなくて、所在なく荷物の点検をする。

「少し、水を飲んでから、先に進もう」

 ついに沈黙に耐えられなくなって、僕は恐る恐る話しかけた。

「フラウ? フラウ?」

 フラウの表情がない。僕は彼女の腕をつかむ。

「フラウ、具合が悪いんだろう。ちょっと……」

 体が冷たい。まるで全力疾走した後のように汗をかいている。

「大丈夫。久しぶりだったから、くたびれただけ」

「大丈夫じゃないだろう。これ、魔力切れとかいうやつじゃないのか? 光量無視して、力を使うと体調が悪くなると聞いたよ」

 僕は今まで光の技というものを使ったことがない。ただ、初等軍学校で基本の理論を聞いただけだ。

 体の中の力が足りなくなった時の話を教官がしていた。なんといっていたか。

 ―お前らのような下等な兵士には関係ないことかもしれないが、

 そんな前置きをして教官は説明していた。

 ―光の技を使う光士には魔力切れの心配がある。魔力切れを治す方法は二つ。一つは光の種を摂取すること。ただ吸収時間が遅くて、緊急時には役に立たない。もう一つは他人から魔力を借りる方法だ。

 僕は身分証も兼ねた腕輪をはずした。この腕輪には僕たちの等級や許可容量など様々な情報が刻まれている。

 ー認識証をつけていない状態で、相手に触れろ。できれば、相手の腕輪も外せ。運が良ければ、力の受け渡しができる。

 僕はフラウの腕輪をはずす。

 彼女が慌てて抵抗しようとするのを、両手で抑える。

「僕の力を受け取って」

 彼女の小さな手を僕の額に押し当てる。

「無理よ。アーク。道具がないと」

 何かが流れる感覚があった。

 僕は川の中にいる。

 水の激しい流れが、僕を押し流し、なおかつその流れが別の空間に吸い込まれて。

 水が乾いた土にしみこむように、僕の力は彼女のほうに流れていく。

 それはとても自然なことのように感じられ……

 ああ、夢を見るときの感覚に似ている。

 ふいに目を開けるとフラウの顔が目の前にあった。

「っ、なにやってるの。アーク」

 悲鳴に近い声を上げて、フラウは僕の手を引き抜いた。

「そんな危険なことを。つなぐ道具もなしに、生の力を注ぐなんて。そんなことをしたら事故が起こって。ねぇ、アーク。アーク」

「元気になった?」

 僕はにやりとする。

「あのね。魔力のやり取りは危険なの。受け渡しのバランスが崩れると、渡す側が死んでしまうこともあるの。どうして、そんな無茶を。アーク、大丈夫なの? 気分悪くない?」

「別に。変化はないよ」僕は頭をふってみた。「そちらはどう? 元気になった?」

「ええ。無謀なことを……」

 フラウはあきらめたように首をふる。灰色の髪がふわりとゆれた。

「アーク。もう二度と力の受け渡しとか考えないで。力の受け渡しは秩序に反することもあるのよ。知ってた?」

 知らなかった。

「でも、学校で、教官は」

「初等軍学校で習ったことは忘れて。とにかく、ダメ」

 フラウがあまりにも頑固に言い張るので、僕はしぶしぶうなずく。

 どちらが年上なんだか。

 もっとも、彼女の通っていた学校は僕の通っていた“少年更正施設”よりはきちんといろいろなことを学んでいるはずだから、幼くてもいろいろ知っているのだろう。

 長い休憩の後、僕らは先へと進んでいった。思ったとおり、そこから先は洞窟が続いていた。

 かすかな空気の流れがあることから、ここがどこかにつながっていることは間違いない。それが危険な野生生物の住処でないことを祈るだけだ。

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