第9話 初遭遇

 砦は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 いつもは外に住んでいる洗濯女や下働きの男たちがみんな砦にうちに避難してきていた。

 軍の規律で彼らが砦に入ってはいけないという建前になっていたのではなかったのか。僕はそんなことをちらりと考えた。

 この緊急時には、だれも、そんなものがあったことなど忘れているようだった。

 中で仕切っていたのはライクだった。彼はいつものやる気のない風情をかなぐり捨てて、兵隊たちに怒鳴るようにして指示を与えていた。

「クリフ隊長、戻られましたか」

 ライクは厳しい顔のまま、戻ってきた隊長に声をかける。

「接触は……」

「なかった。村の住人が何人かやられていた。そこの、子供が、誰かを知っているはずだ」

 隊長は僕たちが連れて帰ってきた子供をさした。

「かあちゃん」

 しかし、子供は別のものを見ていた。

「かあちゃん、かあちゃん」

「サラ」

 リリ姐さんが走り寄る子供を抱きかかえる。

「かあちゃん、ルー姉ちゃんと、ハイ兄ちゃんが……」子供がまた声をあげて泣き始めた。

 その子供をリリ姐さんはしっかりと抱きしめる。

「お前が、無事でよかった」

 え? リリ姐さんに子供。

 隣でヘルドが新たな衝撃に表情を消していた。いや、何人もの兵士たちが作業の手を止めて呆然とリリ姐さんと子供を見つめる。

「お前ら、急げ」

 隊長の大きな声が、魂が抜けたような兵士たちを再び動かした。

 そうだ、こんなところでぼっとしてはいられない。

 しかし、何をすればいいのか。そもそも、僕らは体を鍛えたり、偵察という名の宝探しをしていたりしていた。普通の獣や人が相手なら戦える。でも、魔力を放出して攻撃してくる相手、つまり魔人と戦うことなど全く想定していなかったのだ。

 もっと正確に言うなら、僕たちの等級では訓練できなかった。

「アーク、お前は地下から備品を出すからついてこい」

 僕はライクの命令に従う。それ以外の指針は何もない。

「ライク准尉、魔人って、ここで戦って大丈夫なのですか? いままで、そういう話は全然聞いていなかったのですが」

 いつもは閉じられている地下を開けているライクに僕は聞いた。

「森で狩られるよりはましだ」

 ライクは僕に中身を記録しろと筆記用具を渡す。

 倉庫の中をのぞいて僕は驚きの声を上げた。ちゃんとした光術を使うための魔道具が収めてあった。学校で見た道具と同じような杖だった。

「すごい。ちゃんと、魔道具があるじゃないですか」

「これが……? すごい?」

 フラウも、目を丸くしている。

「うん。こんなに、そろっているのをはじめてみるよ。驚いたなぁ。今までこんなものがあるとはだれも知らなかったんだよ」

「ライク准尉、これで、戦うのですか?」

 フラウの声がものすごく冷たい。

「そうですよ。アーク、これをみんなに配ってくれ。数を確認して……」

「まさか、このおもちゃで、魔人と戦うつもりですか?」

 フラウが僕とライクの間に入って、ライクを見上げた。

「……等級が低いんだ。彼らにはこういうものしか使えない」ライクは目をそらす。

「相手は、魔人なんでしょう。これは、ただの市民が避難するときに使う緊急用の魔道具じゃないですか。まさか、ここから逃げるつもりなのでは」

「そんなことをするわけはないでしょう。できるわけがない。逃げたところでどうなるのです? 魔人に狩られて死ぬだけだ。黒の民だって、ここに避難してくるんだ。ここのほうが、外よりはまだましなんですよ」

「では、ここにいる兵たちは、こんなもので戦えと」

「そうだ。これ以外に武器はないんですよ。しかたがない。アーク、いいから、これをもってみんなに配ってこい」

 ライクは八つ当たり気味に僕に怒鳴る。

 フラウは唇を一文字に結んで、ライクを突き飛ばすようにして倉庫の中に飛び込んだ。

「これも、ダメ、これも……なに? この、骨董品の山は……」

 フラウが中にある備品を調べている。

「アーク、手伝って。この奥に使えるものがあるかもしれない」

 僕は、フラウの口調に逆らい難いものを感じて倉庫の中で棚を調べ始めた。ライクの命令に従うのが本筋なのだろうが、不思議なことに僕はこんな小さな子供の言葉に縛られている。

「ねぇ、さっき言ってたことって……」

 僕は声を潜めて尋ねる。

「本当のことよ。ここにある魔道具はほとんどおもちゃ。魔人を驚かすことはできても、倒すことはできないわよ」

「そっか」僕はため息をついた。「仕方ないか」

「仕方ないって、アーク」フラウが、棚を漁る手を止めた。「ここにいるみんなの命がかかっているのよ。なのに……」

「ライク准尉がいってたことは正しいんだよ。僕たちには、僕たちの光量では、この道具も動かないかもしれない。使えたとしても魔力を使い果たして、そのまま倒れてしまうかもしれない。だから……」

「だから? 対魔人用の兵器を使ったことがあるの?」

「いや、ない」

 学校でも使い方を見せられただけだ。緊急事態の時に使うようにといわれて。

 そうか、あれは‷避難訓練”だったんだ。僕は“僕”の“学校”でのいろいろな訓練を思い出す。向こうでの火事や地震がここでの魔人なのだ。時々、やってくる災厄。不運な力ない者たちを淘汰する自然災害だ。

「なんで、そんなに平静なのかしら。こんな道具で戦えなんて、死んでこいといっているようなものでしょ。ああ、もう……」

 フラウは埃の積もった覆いを全身の力を使って引きはがす。

「これよ、これ。あるじゃない」

 彼女は下にあるものを見て、喜びの声を上げた。

「これ、なに?」

 それは”僕”の知っている”ゲーム機”に似ていた。”ゲーセン”にある”アーケードゲーム機”のような装置といえばいいのだろうか。”モニター画面”の代わりに複雑な呪が刻まれた板のようなものがついている。

「武器よ。魔道具。とても古い道具だけれど、原理が単純だから、何とか使えると思うの」

 フラウが丁寧にその魔道具の表面を探る。

「今の光の衣ができる前の、古い道具なの。ただ、魔道具としての原理をとても分かりやすい形で取り込んでいるので、どのように光を操るかの基本訓練に今でも使うことがあるのよ」

 あの遺跡の中で興奮していたフラウが戻ってきた。

「……これに乗ると、何ができるのかな? 空を飛べたりする?」

「飛ぶ? これは固定式だから、無理よ。今の光衣みたいに自由に動くことはできないから。これはね。対魔用の固定魔術を打ち出す装置なの。今の光装は個人が使うものだけれど、昔はこういう装置を使って光術を制御していたの」

 彼女は二つ並んでいる椅子の一つに腰かける。

「アーク、こっちの椅子に座ってみて」

 僕は恐る恐るいすに腰掛ける。……うん、”アーケードゲーム”だな。恐る恐る目の前の板に手を伸ばしてみた。

「それを使うのは無理だ」ライクがこわばった顔で、フラウを止める。

「それは、二人で使う方式の魔道具です。それに、等級が、100を越えていないと使えない」

「あなたとか、隊長さんとか、使えないの?」

「無理です。黒の大地はただでさえ光術が使えない場所です。これを動かすだけの魔力を持った人間はここにはいない」

「私ならできるわ」フラウがきっぱりいいきった。

「だから、二人で使う魔道具ですよ。誰かがの補助がいる。そんな魔力のあるものは……」

「それは何とか技術で補うことができると思うの。あなたにやってくれとは頼まないから」

 バッサリ言い切られた。

「何をしている。早く道具を運び出せ」そこへ隊長が騒ぎを聞きつけてやってきた。

 彼は、ライクとフラウの顔つきと、むき出しになった“ゲーム機もどき”をみて、何の話をしているのか察したようだった。

「お姫様……それを使うつもりなのか?」

「ええ。すくなくとも、その、緊急用の道具を使って戦うよりもましでしょう」

「そいつは、ポンコツだぞ」

「いいから。魔道具があれば、見せてほしいの。発掘した遺物で使えそうなものはないかしら」

 フラウは隊長のためらいをものともせずに命令を下す。

「しかし、これは、もう、何十年も使われていない、骨董で……動くかどうかわからない」

「ならば、他に、もっといい道具があれば教えてちょうだい。わたしなら、使えるかもしれない」

 隊長はライクと目線をかわす。

「いいだろう。やってみろよ。それの使い方を、知っているのか?」

 しぶしぶといった様子で隊長が許可する。

「おおまかなところは。この簡単なものは使ったことがあるし、昔、文献で読んだことがあるの。術式を刻んであるフレームを展開して……」

 フラウは“ゲーム機もどき”をああでもないこうでもないといじくり始めた。

「アーク、魔石を出してくれる?」

 あれをつかうのか? 僕は、上官二人の目を気にしながら、懐から一番小さな石を出してフラウに渡した。

 フラウがそれを小さな枠の中に入れると、光板のようなものが光始めた。立ち上がった。

 上司たちの顔が透けて見える画面からはますます“ゲーム”感がただよってくる。

「ここにはほかに魔力を引き出せる遺物はありますか?」

 フラウは丁寧にでも、逆らえない力で隊長たちに命令をする。

 隊長がライクに行けと目で合図した。しぶしぶと立ち去るライクを見てなんで僕たちはフラウのいうことに従っているのだろうと、僕は不思議になる。

 下っ端で命令されなれている僕だけでなく、いい年をした上官たちまでがこんな小さな子供のいうことに従っているのだ。フラウがかわいいからだろうか?

 僕は年端もいかない少女の横顔をちらりと見た。“僕”の世界だったら絶世の美女といわれるようになるかもしれない。ここでは光ることが美しいことだから、きれいに光ることはできない彼女のことを醜いと思う人も多いだろう。特に、”まだら”という言葉と醜いはここではほぼ同義なのだ。

「アーク、ちょっとここを押さえておいてくれる?」

「ねぇ、なんで、僕なのさ。隊長や准尉ほうがずっと等級は高いし、この機械のこともわかるんじゃないかな」

 フラウの指示に従いながら、僕はこっそりと尋ねた。

「あの人たちは信用できないわ」

 フラウは隊長のほうを見ることもせずにささやき返した。

「まぁ、フラウはそう思うかもしれないけれど。あれでも一応僕の上官だからね」

「私からすれば、どうしてあなたがあの人たちのいうことをきいているのか、わからないわ。彼らの命令に従っていたら、あなた、死んでしまうわよ」

「でも、僕は等級が低いからね。仕方ないよ」

 僕はフラウよりもずっと等級が低い。等級が低いということはそれだけ価値がないということだ。だから……

「仕方ない、仕方ないって、アークはいつもそればかりね」

「それじゃぁ、どうすればいいんだよ。僕は光を宿すことができない。ほとんど光術を使えない。それは変えられないだろう。仕方がないっていうしかないだろう」

 それはここでのあり方だ。本当は、僕だって色々言いたいことはある。でも、今の僕には、これ以上のことをいうことはできない。フラウには危険が分かっているのだろうか?

 フラウは僕の顔をじっと見ていたが、目をそらすと作業を再開する。

 作業の合間にフラウは僕にこの装置の使い方を説明してくれた。この機械は光装と違って固定されている。だから、魔人のいる方向に装置を向けなければならないのだ。引き金を引くものが一人、そちらに装置を向けるものが一人必要なのだ。

「主に戦うのは私がやるから、あなたは方向を合わせてほしいの」

 フラウは本来なら僕が動かせるはずもない装置を使う方法を教えようとしている。

「でも、フラウ。僕は光術はつかえない。だから……」

「だから、これを使うの」フラウは隊長とライクが持ってきた遺物をさした。

「?」

「遺物の中にはね。魔力を光に変換させるために使うものがあるの。これを使うと一時的に光術が使えるようになるのよ」

「僕たちでも?」

「ええ。たぶん」フラウがいくつかの道具を選り始めた。

「魔力が足りなくても?」

「魔石があるでしょう。あれを使えば個人の魔力は必要ないわ。ああ、えっと。この組み合わせはどうかしら。使ってみて?」

 フラウはよく見る形の遺物を僕に差し出した。これは高く売れるのだと教わった指輪のような遺物だ。

「使うって、どうやって……」

「あれだけ遺物探しをしていて、使い方を知らないの? こうやって、魔石をあてて、これが起動の印」

 フラウが小さく三角形を重ねた形に指を動かした。

「これをはめて、こうやって……」

「あ」

 僕の前の光の板が輝き始めた。

「照準の合わせ方を説明するわね」

 知れば知るほど“僕”の使っていた”タブレット”の動かし方に似ていることがわかる。

「すごい。アーク、のみ込みが早いのね」フラウがほめてくれる。

 まさか、似たようなものを“使った”ことがあるとはいえなくて僕はあいまいな笑みを浮かべる。

「大体の動かし方はわかったよ。それで、次はどうすればいい?」

「これを、この装置を、元あった場所に据え付けないといけないの。たぶん、こんなところじゃなくて、城壁の上とか正面とかどこかに置いてあったはずなの」

「これは、城壁の上だな」と、隊長。「しかし、こんな骨とう品を動かそうとは………」

「でも、これ以外に武器がないのでしょう? それとも、光衣の一着でもあるというのかしら」

「はいはい、わかりましたよ。おい、ライク。お前の出番だ」

 隊長はすでに投げている。准尉に面倒ごとを押し付けた。

「わたしが?」ライクは露骨に嫌な顔をしながらも、他の兵も呼んで装置を動かす。

「この手の装置はほかにあるのかしら?」

「あるにはありますけれどね。ほとんどが壊れている。そもそも使える人がいませんから」

「時間があれば、調べられたのに」フラウは僕たちが装置を運び上げているそばで考え込んでいる。

「今回の魔人は一体だけなのよね」

「そのようですね」

「どのくらいのレベルなのかしら」

 僕らの理解の及ばない話をフラウとライクはかわしている。

 いったいフラウはどんな教育を受けてきたのだろう。

 僕らの全く触れることすらできない高度な知識を、持っているのが当たり前のようにふるまう彼女を見てそう思う。“小学生”が“高校生”の本をみているような、そんな気がした。

 向こう側の“僕”の意識のざわめきを押し殺して僕は汗を垂らしながら装置を隊長が指定した場所の運ぶ。

「アーク、見て」

 フラウは装置の画面をさす。透明な板の向こうに森につながる道が透けて見えた。

「この道を通って魔人は現れるはずなの」

「どうしてそんなことがわかるんだ?」

「どうしてって、そう習ったから」

 フラウは不思議そうな顔をする。

「魔人が一体だけ現れるときは、必ず道を通ってくるといわれているわ、ねぇ」

 同意を求められた隊長は不機嫌そうにうなずく。

「それが、現れたらこの画面をこうして、こう。この四角に魔人がはいるようにして……」

「ねぇ、もしも、魔人とやらがここから来なかったらどうなるんだよ。調整が効かないくらい早く動いていたら?」

「それは、その時はね」

 フラウが困ったように首をかしげた。

「フラウ。本当に魔人は……」

「アーク、ごちゃごちゃ言わないで、姫君に従え」

「ねぇ、フラウって、姫なの?」

 僕はフラウに尋ねた。

「だから、黙って言われたことだけをやれ」

 隊長の鉄拳が頭の上から降ってくる。

 僕は真面目にフラウの指示に従うことにした。こんな小さい子供に大きな僕が使われているというのは変な感じがしていたが、すぐに当たり前のことになる。彼女の知識は、膨大でおそらく高等教育を受けている隊長よりも原理をよくわかっている。

 僕は黙り込んでいるライクをちらりと見た。

 ここは、ちょっと物分かりが悪い真似をしたほうがよかっただろうか。

 この装置の動かし方は“僕”のやっている“ゲーム”に似ていた。ようするに、照準を合わせるだけでいいのだろう。簡単だ。

 だけど、初めてこれに触るものがここまで動かせるものだろうか。知らないはずのことを知っていることがいかに危ないことか。ライクの顔色をうかがったが、僕には興味を向けていないようだったのでいまさらごまかすのはやめにする。

「隊長さん。お願いしたいのだけれど……」

 フラウと隊長はまた打ち合わせを始める。

「要するに、あのあたりにおびき寄せればいいのだろう」

 隊長はため息をつく。

「それなら簡単だ。まかせておけ」

「どうやるんですか?」僕は興味津々で聞く。

「アーク、おまえ、この期に及んで質問か?」

 隊長はあきらめたようにため息をつく。

「見ていればわかる。訓練もしているだろう?」

「そんな訓練なんかありましたか?」魔人関連の訓練は受けたこともないはず、だった。

「ライク、民間人を避難させておけ」僕の話は無視をして隊長はライクに命令する。

「また、私なのですか?」

「仕方がないだろう。他に扉を開けられる奴がいない……心配するな。今回は姫様が付いている」

 ライクの表情が一瞬ゆがんだ。だが、彼は何事もなかったように城壁から降りていく。

「さぁて、俺も準備をしてくる」

 隊長はのびをした。

「それと、姫様。黒の大地では光術の効果は落ちることをお忘れなく。星都並の威力が出せると思ったら、大間違いだぞ」

「わかっています。ありがとう」

 フラウは礼儀正しく感謝する。

「ねぇ、さっきの話だけれど、フラウって姫様なのか?」

 隊長が立ち去ってから、僕はこそりとフラウに尋ねる。

「……そんなこと、どうでもいいでしょう」フラウがおこったようにうつむく。

「うーん、前からお嬢様だとは思っていたけど、姫様って、お嬢さまのもっとえらい人だよね。物語に出てくるような」

「……今はそんなこと関係ないから。わたしはただのフラウだから……そんなことよりも、他の魔石もまだあるわよね」

「あるけれど、なに?」

「この魔石は取り換えが効くの。魔力が切れそうになったら魔石を取り換えて」

 この指輪の“電池”のようなものとして使うのだろうと僕は推測する。

「わかった。フラウもいる?」

「?」

「魔石だよ。たくさん魔力がいるのではないかなと思って」

 僕の足をいやした時の彼女の様子を思い出す。あの時は本当に具合が悪そうだった。魔力切れは時に術者の命をとることがあるほどひどいものだと聞く。あの時のような彼女を見るのは忍びない。

「いいらないわ。魔石から引き出す光の力は効率が悪いから」

 フラウは首をふる。

「そうなのか?」

「ええ。光の力を引き出すほうに引っ張られてうまく制御できないといわれているの。特にその石は原石でしょ。それを光の力に変換するのが、その魔道具なの」

「じゃぁ、これを使う?」

 僕は指輪を差し出そうとした。

「だめよ。それをとったら、アークが装置を使えなくなってしまうでしょ。それにその魔道具ではとっさの魔力の供給は間に合わないから。質のいい光の種があればいいのだけれど、ここで使われているのでは無理ね。本当に、足りないものだらけ」

 フラウは悔しそうな表情をする。

「おい、準備はできたぞ」

 隊長が再び城壁に現れた。

「あとは、魔人がえさに引っかかるのを待つだけだ」

 えさ? 僕はそんなものがどこにあるのかと下を見た。

 そこには、フラウがおもちゃといった対魔人用の兵器をもった砦の兵がたむろしているだけだ。彼らは対黒翼用に作られている簡易障壁に身を潜めている。

 フラウがぎゅっと眉根を寄せた。

「あなた、まさか……」

「魔は、光に寄ってくる」隊長は下にいる隊員をじっと見つめてつぶやくようにいった。「光が強ければ強いほど、魔人を引き寄せる。だから、黒い民よりも光の民を狙う」

 言葉をなくしているフラウに隊長は使っていた光板を押し付けた。

「有効に使え。姫様」

 彼は片手をあげて敬礼すると、軽い足取りで城壁を降りて行った。

「なんてこと」フラウは唇を震わせる。「まさか、そんなことが……」

 手元の光板が赤く光った。何かの警告表示のようだ。

 フラウが素早く表示を確認する。

「魔人の警報よ。周りの防御術式が反応している」

 彼女は素早く、画面を切り替えて周りの様子を確認する。

「まっすぐにこちらに近づいてくる。アーク!」

 僕は慌てて透明な板を通して道のほうを見た。

「標的に照準を合わせて。来る」

 フラウが両手を重ねておいた石板のようなものが光始める。

 いままで”ゲーム”の画面のように薄っぺらく思えていた表示が急に現実のもののように感じられた。

 ただの表示が、指先を通して実際に触れられるものであるかのように形を整え始める。

 これが、光術というものなのか。

 僕は、照準となる枠を赤く光る人影に合わせる。

「まだだ。距離が遠くて、うまく照準が合わない」

 僕は広がったままの照準をにらんだ。

「早く、早くしないと……」

 透明な板の向こうに仲間の兵士たちが黄色に色づいて見える。隊長が下で何か怒鳴っている声が聞こえた。一斉に対魔人用の兵器が起動して、光の帯が魔人を襲う。

 おもちゃ程度の武器でも少しは効果があったのだろうか。魔人の赤い表示はよろめくように速度を落とし、それでもまだまっすぐ進んでくる。

「まだ?」

 ようやく四角い表示が収斂し始めた。もどかしいほどののろのろとした動きだ。乱暴に動かそうとすると泥の中で手を動かすような抵抗があった。

 「いまだ」

 僕が合図をすると同時に、フラウの手元がまばゆく光った。装置から太い光の帯が伸びて魔人の赤い表示と重なる。

 反動があった。空気の大きな揺れが僕らを飲み込み、瞬間僕は目を閉じる。

「やった?」

「まだ」

 赤い光はまだ動いていた。僕はもう一度ずれた表示を動かして、照準を合わせる。何か一度目でずれたのだろうか。うまく、装置が動かない。

「もう一度、いける?」

 頼むよ、もう一度でいいから。

 ゆっくりと、赤い枠が点になり、僕はフラウに合図を送った。

 装置からまた光の帯がのびた。赤い光が透明な板の上で瞬き……

 不思議な感覚がした。まるで僕が“僕”として夢の中にいるかのような……

 歓声が上がった。僕はその音で我に返る。

 先ほどの赤い点が消えている。

「倒せたの、か?」

 隣でフラウが肩で息をしていた。外壁を走った後にふらふらしているときのフラウのようだった。

「フラウ、苦しい?」

 僕は、隣の少女を気遣おうとして。

「まだ!」

 フラウは正面に目を向けたまま叫ぶ。

 僕は再び板を見て、そこに新しい赤い点を見て、動揺する。

「嘘だろ」

 先ほどの魔人は倒した、はずだ。

 確かに赤い光が消えるのを見た。倒したはずだ。照準を合わせようとする指が滑った。

 まだ、下からみんなが喜んでいる声が聞こえる。

 彼らは、あれに気が付いていないのだ。

 ダメだ。

 赤い点はまっすぐに、下にいる仲間たちのほうに向かっている。

 僕は必死で機械を動かした。

「フラウ」

 僕はなんとか焦点を合わせて、叫ぶ。

「いって」

 彼女の小さな体が震えていた。まるで熱に侵された人のように。目線が揺れていた。

 まずい。魔力切れだ。地下での具合の悪そうな彼女の様子が頭をよぎる。

 黒の大地では、光術の力は落ちる。

 ここでは、光術の力は、落ちる……

 くそ。

 僕は、とっさにあの時のようにフラウの手首をつかんだ。

 フラウ……

 繋がっている感覚があった。“僕”は彼女だった。彼女の考えが僕の中に流れ込んでくる。

 私が守らなければいけない。私が、やらなければ。そうでなければ、私は。

 ダメ、見ないで。

 彼女は、動揺しながらも、やらなければならないことを忘れてはいなかった。彼女の手のひらから複雑な呪に魔力が流れる。これが術というものなのか。

 強力な力が装置によって、まとめて、赤い点へ向かっていく。

 あれは、子供?

 “僕”は、驚く。

 光の向かう先には、子供がいた。泣いている子供だ。魔人なんかじゃぁない。

 切れ切れながら僕にしがみついてくるフラウの思考を感じて、“僕”はとっさに見たものを隠した。

 彼女に見せてはいけない。

 “僕”は……

 僕も肩で息をしていた。肺が、痛い。周りの空気が毒のように胸をさす。

 隣でフラウもぐったりとしている。髪はすっかり灰色の光っているのかくすんでいるのかわからない色に変わっていた。ただ、胸元からかすかに光が明滅している。

 彼女も、僕のほうを見た。

「アーク、光ってる」

 僕は慌てて胸を見下ろす。

 何が光っているのか、僕は思い出した。あの部屋から持ち出した首飾りが光っているのだ。フラウのものと呼応するように。

「これ、なんだろう」

 彼女も自分の首飾りが光っているのを見て、驚いているようだった。

 後ろで足音がする。

 僕はとっさに首飾りを握り込んで、光を隠した。

「やったな」

 現れたのは、ラーズ曹長だ。彼は、僕を押しのけるとフラウを抱きしめようとした。

「姫様、よくやった。さすがは俺のフラウちゃん……」

 たぶん、反射的だったのだろう。腕の中からするりと抜けだしたフラウの反撃が見事に決まっていた。ラーズは白目をむいて悶絶する。

 その体を踏み倒す様にして次から次へと兵士がフラウのもとを訪れた。

「やったぞ。魔人を倒したぞ」

「さすがは、われらの姫君!」

 いくつもの声がフラウを祝福する。

 僕は踏まれないようにわきによけるのがやっとだった。

 それからは、見たこともないお祭りが始まった。

 砦には日ごろ見かけない顔も含めて、多くの人たちが集まっていた。

 誰もが、魔人を倒したという喜びを分かち合っていた。

 その輪の中心にいたのはもちろんフラウだ。

 彼女が魔人を倒した。それは誰の目にも明らかなことだった。

 そのフラウを手伝ったということで、僕にまで感謝するものがいたくらいだ。

「アークが、彼女を助けていたのね」

 リリ姐さんが僕を抱きしめて、頬ずりをした。

「ありがとう。みんな助かったわ」

 本当はそれ以上のこともしてほしい、僕の本能が叫んでいたが、例のガキが彼女と僕の間に割り込もうとした。

「母さん、こんな穢れたやつに触れたらだめだ」

「あら、どうして? サラ。この子だって私たちを守るために戦ってくれたのよ」

「いやだ、いやだ、いやだ」

 子供は聞き分けなく僕をひっかく。

「え? 君、サラというのかい?」

「お前なんかに呼ばれたくない」

 子供はむくれた。

 ………サラって女性の名前だよね。まさか、こいつ、女とかいわないよね。

 最初のうちは渋い顔をしていたライクもみんなに交じって、酒を飲んでいた。どこからか、出てきた酒樽はみんなを酔わせるのに十分な量があった。

「しかし、よかったよなぁ。生き残れて」

 見たこともない男がライクと肩を並べて酒を飲んでいた。外見はどう見ても黒翼の連中のようだった。

「前回はひどかったからなぁ。お姫様様だよ」

 僕がフラウと話すことができたのは夜も更けてきたころだった。

「フラウ、そろそろ寝たほうがいいよ」

 子供はすでに眠っていて、大人たちも出来上がってきているようだった。僕はやっとフラウを捕まえることに成功した。

「あ、アーク」

 振り返った彼女の髪の色は灰色のままだった。今は目も灰色がかっている。

「いこう」

 フラウくらいの子供には睡眠が必要だ。

 僕たちはこっそりと中庭を抜けて、自分たちの部屋のある塔に向かう。

「すっごく楽しかった。みんな、喜んでいて。まるで、私のことを隊の一員のように扱ってくれるの」

「隊の一員だろ、フラウは」

 そういうとフラウは恥ずかしそうにうつむく。

「あのね、今まで、家族以外は誰も私のことを見てくれていなかったの。その、こんな髪の色でしょう」

「誰も気にしないといっただろ。ここではフラウは英雄なんだよ。みんなの命を救ったんだ。だれもケチをつけたりしないよ」

「初めてなの。この髪を見て何も言わない人たちは。私はいつも光っていないといけなかったから」

「僕らは黒い民だからね。光らない人が普通なんだよ」

 僕らは仲良くそれぞれの部屋の前で別れた。

「今日は、本当にありがとう。アーク」フラウは柔らかく笑う。

「こちらこそ。この部屋に戻ってこれるとは思っていなかったよ」

「そうだね」

 僕らは笑って別れようとして、フラウが僕を引き留める。

「あ、それと、ひとつ、言いたいことがあるんだけど、わたし、あなたよりもずっと年上だから」

 え……何を言われたのか僕は理解できなかった。

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