第11話 出発

「どうすればいいと思う?」

 夜、二人だけになったときにフラウが僕に相談を持ち掛けてくる。

「第一砦かぁ。黒の町にある、あれだね」

「そう。私が行かないとダメかしら」

「正直、行っても無駄かもしれない。フラウでも無理かもしれないな」僕は正直な感想を述べる。「ただこのままだと彼らが装備を送ってくるとは思えない」

「どうして? たくさんの人が死ぬのよ。今の砦の装備だと、魔人に対抗なんてできないのよ」

「あそこの人たちは僕たちみたいな黒の民は嫌いだから」

「嫌いって、そんな。同じ星の民じゃない」

「彼らはそう思ってないよ。黒の民は害虫くらいにしか思ってないよ」

「そんなひどいこと。だって、私たちは等しく星の民として、等級の低いものも高いものもみな尊重されるように命じられているはずなのよ」

「でも、実際にそうだからね。僕はあの町の出身だからよく知っているよ」

 フラウだって、この砦の現状を見ていたらそれが分かるはずだと思うのだが。彼女はどこかで偉大なる星の帝国の偉大な軍隊という幻想をまだ信じているようなのだ。

「アークは、黒の町の出身なのね」

「学校に入るまで、あそこで暮らしていたからね。よく知っている」

 辺境を代表する巨大な要塞の外に広がる町を僕は思い出す。

「じゃぁ、案内してくれるわよね、町に行ったら」

「いいよ。でも、僕の知っているのは下町だけだ。壁の内側のことはよく知らない。って、僕も行く前提なの?」

「え? 行かないの? 当然一緒に行くものだと思っていたけれど」

「そりゃぁ、まぁ、いいけど。でも、隊長の許可を取らないと。そもそも、出してくれるのかな?」

 あそこの町にはできるなら行きたくないと思っていた。いい思い出がない。でも、フラウにお願いされたら、仕方がない。

 次の日フラウが第一砦に行きたいと申し出ると、隊長はあっさりと許可を出した。僕の同行も含めてだ。

「本当なら、許可するしないの問題じゃぁないんだけどな」

 ラーズ隊長はぶつくさ言いながら、許可証を出す。

「行くといっても、来た時のように飛行艇を使うことはできない。巡回商人の馬車にのせてもらうように頼んでみよう。そろそろ、こちらに回ってくると思うから、第七砦まで一緒に連れて行ってもらうといい」

「そこから先はどうすればいいのですか?」不安そうにフラウがたずねる。

「7砦から先は交通の便もいい。乗合馬車も出ているはずだ」

 7砦の司令官に親書を書いておくと、クリフはいってくれた。隊長にしては親切だと思う。僕一人が行くのだったら、足がついているんだろ、歩いていけ、とかいいそうだ。

 僕たちが、黒の町に行くという話は砦内にあっという間に広がった。

「アーク、顔を貸せ」ラーズ曹長が僕を呼び出す。

 曹長の呼び出しというだけで、僕の笑顔は張り付く。いつもだと、物陰で足腰が立たなくなるまでの鉄拳制裁が待っているからだ。

 いつもの取り巻きと僕を待っていたラーズは、今回に限って僕を医務室送りにしなかった。

「アーク、お前、町に行くんだってな」

 いかつい男たちに囲まれて、僕は直立不動でうなずいた。

「お前に重大な任務を与える。極秘の任務だ。おい」

 曹長が顎をしゃくると、取り巻きが大きめの箱を持ってきた。

 ラーズが仰々しい鍵でその箱を開ける。中にはぎっしり見たことのない魔道具と思しきものが詰まっていた。

「これは、なんでしょうか?」

 きかなくてもわかるのだが、一応聞いておく。

「なんでもいい。いいか、お前の任務はこれを換金してくることだ」

「……………」

 見つけた魔道具はすべて軍の買い上げになる、そんな建前だった。でも、もちろん裏で換金するという流れがあるのは知っていたし、そのために町に行く隊員を見たこともある。

 でも、これは。

 見ただけでわかる。軍に提出した魔道具よりも価値があるものばかりだし、量も同じくらいありそうだ。

 どこでラーズ曹長たちが日々の酒や姐さんたちの支払いを稼いでいたのか、わかった。これはやりすぎではないですか、と尋ねる言葉を飲み込む。

「いいか、これ以上の値段で売ってこい」

 曹長は指を一本建てた。

「1000ですか?」

「バカ、10000だ。桁が違う」

 唖然とする僕に彼らは細かい指示を出す。西下町の『かわいい猫の館』という宿に泊まっって、そこで『高価なパンはどこで売っていますか』と聞く。それから……ただでさえ動揺している頭に指示がはいらない。

「……その値段で、売れなかったらどうするんです?」

「お前の臓器でも売ってこい」

 持ち逃げしたら、地獄の底までも追っていく、と曹長たちはすごんだ。怖い親戚もたくさんいるのだそうだ。

 話をきくんじゃなかった。

 まだ殴られて、二三日寝こんでいたほうがよかった。

「いいか、もちろん、ライクの野郎や隊長には秘密だぞ。フラウちゃんにもだ。あの子を巻き込むな」

 箱を無理矢理渡された。押し付けられた。

 気分がすっかり落ち込んだ僕はとぼとぼと部屋に戻った。

 こんな箱をどうしろというのだろう。持ち運びができないことはないのだが、荷物に入れるとそれだけでかなりかさばる。

 ああでもない、こうでもないと、荷物を詰め替えていたら、珍しくヘルドが僕の部屋にやってきた。

「アーク、ちょっといいか?」

 先ほどの件ですっかり警戒している僕は身構えた。

「なんだよ。忙しいんだよ。後にしてくれ」

「いや、たいしたことじゃないんだ」ヘルドは頭をかいた。「ちょっとした頼み事なんだけど、いや、なんで俺のことをにらむんだ?」

「いや、にらんでないよ。なんだよ、頼み事って」僕は用心深く聞く。

「あのな、お前がいつも使っている魔道具があるだろう。あれを、貸してくれないか?」

「いやだと言ったら?」

「おいおい、どうしたんだよ。なんで、そんなに喧嘩腰なんだよ」

「なんで、あれを貸す必要があるんだよ。あれは、隊長たちの許可のもと使っているんだ。ちゃんと許可を取ってるんだろうな?」

「いや、それは……」

「それに、あれは、もともとフラウのものなんだよ。彼女にちゃんと話してくれないと困る」

「いや、そこを頼むよ。俺と、お前の仲だろう。友達を助けると思ってさ」

 ヘルドが珍しく頭を下げる。

「いったいあれを何に使うんだよ。あれは、光板の容量が足りない僕の補助として使っているんだぞ。ただの偵察任務には必要ないだろう?」

「……あのさ、俺が光の種を貯めてるのを知ってるだろう。光の量を上げるために」

「ああ、いつもそういっているよな。それが?」

「今度、等級監督官がここに来るって噂なんだよ。何年かに一回しか回ってこない審査官が」

「そんな話、初めて聞いた」

「たぶん、確実だって噂なんだ。それで、その時に審査のやり直しを申請したいんだよ、俺は」

 僕は、恐ろしく真剣なヘルドをあらためてみつめる。

「ヘルド、おまえ、あれで光量をごまかすつもりなのか」

 星の帝国にとって等級は絶対のものだ。社会の資格がすべて等級をもとにしているからだ。子供のころ、測定された等級はめったなことで変わることはない。もし変えられるとしたら、それで成り立っている社会の秩序が崩れてしまうからだ。

 どれだけ光術を使って光ることができるか。それは、美醜にまでかかわる大切な資格の要件なのだ。

「ごまかすわけじゃない。本当は光っているのに、当時の監督官が見ようとしなかったんだ。ぎりぎりのところだったんだよ」

「ヘルド、やめとけよ。監督官はそんなお優しい連中じゃないぞ。あいつらは、むしろ……」

「じゃぁ、今の等級のまま満足しろというのか? 監督官以外に見直す権限を持つ奴らはいないじゃないか」

 ヘルドはギラギラした目で僕をにらむ。

「俺が生まれたとき両親は喜んだんだ。いかにも等級が高そうな髪の色と目の色だ。きっと等級が高いのに違いない。そう信じて育てられたんだ。なのに、ふたを開けてみればどうだ。

 種を手に入れることができなかった俺の等級はこれで、黒髪黒目の金持ちのほうがはるかに高いと出た。おかしいだろ」

 僕はヘルドの勢いに呑まれた。

 そんなことを言われても、困る。それしか頭に浮かばない。

 彼が等級を伸ばそうと光の種を集めているのは知っていた。くそったれの砦を抜けるために努力しているのだと思っていた。

でも、それ以上だ。根深い怒りがヘルドを突き動かしている。

「でも、こういう手段でごまかすのは、どうかと」

「お前だって、同じことしているだろう。姫様の力を借りて、光版を使っているじゃないか。あれがごまかしじゃないとは言わせないぞ。資格がないのに、光量をごまかしている」

「あれは、やむを得ず、やっているだけだ。ちゃんと、隊長たちも認めているだ……」

「どこがちがうんだよ。どちらも魔道具を使って光量を増やしている。そもそも、金持ちたちは平気で光の種や魔道具で、光っているじゃないか。俺たちがそれをしてなにが悪い」

「ヘルド、落ち着け。声が高い」

 僕はヘルドの肩に手をかけた。これは、まずい。肌でそれがわかる。ヘルドが言いかけていることは、本人が意図していないにせよ危険なものだ。彼の憤りが、僕の感情と同調しそうになる。

「わかった。わかったから、落ち着け」

 僕は必死で頭をめぐらせる。

「あのな、この魔道具は隊長たちが上に納める在庫から取り出したものだ。それを、さらにフラウが僕に又貸ししている形になっている。だから、お前に貸すわけにはいかない」

「アーク、てめえ」

「まてよ、話を聞け」僕は魔道具を奪い取らんばかりのヘルドを押しとどめる。

「だけど、この魔道具を動かしている魔石は僕たちが偵察任務の時に拾ったものだ。あの後いろいろあって、まだ、軍に届け出ていない。これを貸してやる」

 僕は魔道具から石をはずした。

「生の魔石だ。精製されていないから、光だけを発しているわけではない。でも、魔力量はけた違いだ。あの戦い以降ずっと使っているけれど、まだ力を保っている。うまく調整できれば、光ることができるはずだ」

 ヘルドが手を伸ばして石に触れる。

「うまく使え。それから」言葉に気をつけろ。

 言葉を継ぐ前に、魔石を持つヘルドの指先が光った。

「すげえ」ヘルドの顔が驚きと喜びで輝く。

「ありがとうな、アーク」ヘルドは僕の肩を叩く。「これで、俺は等級を上げることができる。俺の等級が低いと馬鹿にしたやつらを見返すことができる」

「あ、ああ。やりすぎるなよ」

 僕はそう言葉をかけるのが精いっぱいだった。

 それからも、僕はあちこちで声をかけられた。この辺りでは手に入りにくい品物や、趣味のもの、何に使うかわからない物品まで、買ってこいと頼まれる。

 姉さんたちからは化粧品や、装飾品。仲間たちからは、酒や怪しげな薬や聞いたことにない物品やなんやかや。こんなものを一体どこで使うのだ、というものまで含まれていた。僕が知らなかっただけで今までみんなこうやって買い物を依頼していたのだろうか? それとも、下っ端の僕だから頼んでいるのだろうか?

 荷馬車に乗り込む寸前まで注文は続いた。

「あたしは、甘いものが食べたい」サラは目をキラキラさせる。「町にはとっても甘い飴がたくさん売っていると聞いたよ。あと、凍った果物」

「高級蛇酒を一箱頼むよ」

 僕は手帳の最後に『高級蛇酒 一箱 隊長』と投げやりに書き込む。

「代金は前払いでお願いしますね」

「何を言っている、アーク。普段世話になっている俺への土産に決まっているだろう」

 偉そうな隊長の言葉に、『保留』と最後に付け足した。

 どいつもこいつも好きなことをいってくる。すでに、持って帰れるのか心配になるだけの注文を受けていた。ここには親切な“くろねこやまと”さんはいないのだ。

「それでは、行ってまいります」

 真面目に隊長たちに挨拶しているフラウの横で僕は荷物を持って帰る方法について悩んでいた。

「フラウちゃん、気を付けていってきてね」

 曹長たちフラウの親衛隊は満面の笑顔を浮かべている。

「早く帰ってくるんだ」

「町は危険だからね。不埒な野獣には気を付けるんだよ」

「なにかあったら、アークを盾にするんだよ」

 だれだ、僕をいけにえにしようとしているのは。

「おや、アーク、妹さんへの手紙かい? え? 黒の町に行くのか? おまえが?」

 僕とフラウが、巡回商人の荷馬車に乗り込むと、顔見知りの商人が驚いた顔をした。

「うん、おじさん、いつもありがとう。今回は僕が会いに行くから手紙はいいんだ」

「そうか。いや、いつも真っ先に現れるお前が来ないから、何かあったのかと心配していたよ。この辺りにあれが出たんだろう?」

 僕はうなずいた。

「いや、ここに来るのは迷ったんだよ。そんなに被害はないと聞いてはいたのだが、それでも馴染みのものが欠けているのは、な」

「今回は誰も墓場送りにはならなかったんだよ。みんな、元気だよ」

「そうか、それはよかった。それで、その、黒の民の子供は?」

 商人は僕の隣で挨拶をするフラウをみて不思議そうな顔をする。

「ああ、この子はフラウ。僕の……同僚です。仲間だよ」僕はフラウをどう紹介したものか迷う。

 商人は、しばらく軍服姿の子供を見て、小さく身震いをした。

「そうか、仲間、ね」

「よろしくお願いします」

 フラウは小さな声であいさつをした。僕はそっとフラウのこぶしを上から握った。

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